第一話 闇に蠢くモノ達 その4
操たちはビルの二階にやってきた。ここには、患者六人程が入れる大きな病室がある。
ただし、ここには今日は用はない。操たちはすぐに三階への階段を昇っていく。
「もうそろそろ、やばそうだよ…」
潤が不意にそうつぶやいた。霊感で何かを感じ取っているのか?
あいにく操には何も感じられなかったが、カメラを持つ手に汗が滲んできた。
そして、操たちは三階へとやってきた。この階に今日の目的の場所である院長室があるはずだ。
操たちは、埃の積もった廊下をソロソロと歩くと、院長室と札のある部屋の扉の前に立った。
操はドアのノブに手をかける…。
その時、不意に操の肩に手が置かれた。
「ひっ!」
操は引きつって声の出ない悲鳴を上げる。そっと振り返ると、その手は後ろを歩く潤のものだった。
「脅かさないでよ…潤くん…」
「ごめん操…でも…」
そうつぶやいた潤は顔に強い疲労を張り付かせている。
「やっぱり帰ろう…」
…と、それだけを口に出した。
「なに言ってるの!? ここまできて…」
「聞こえたんだ…」
操は『なにを?』とは聞かない。潤がこういう言い方をするなら、多分霊感に響く音なのだろう。
潤の次の言葉を待つ。
「何かがきしむ音…。おそらく縄で間違いないだろう…。そして、頭を強く引っ張られ、かつ闇の底に落ちていく感じ…。おそらく、この扉の向こうでは、まだ自殺当時の事象が再現されてると思う…」
こういった自殺現場では、死の前後の事象が土地の記憶として残滓していることがよくある。操はオカルト知識として、そのことは知っていた。
「……」
操はしばらく考え込むと結論を出した。
ならば…、なればこそ扉の向こうに進まねばなるまい。もともと、それを撮影に来たのだ。
潤は操の表情の変化を見てあきらめたようにため息をついた。
操は「ゴクリ」とつばを飲み込むと、扉のノブをひねった。そして、意を決して院長室の扉を開く。
何年もの間開くことのなかった扉が「ギギギ…」という不気味な音を立てて開いた。