第三話 そして僕は その9
事件のあったその日の深夜。
家主たちが寝静まる結城家の玄関から1人の人影が出てきた。
「……」
それは、バックパックを背負った矢凪潤だった。
潤は、そのままシロウの犬小屋に近づくと、いびきをかいて寝ているシロウに話しかけた。
「ごめんシロウ、起きて…
一緒に行こう」
潤はいまだ寝ぼけまなこのシロウを抱えると。結城家の玄関の方に振り返る。
そして、
「…いままでありがとうございました。
勝手に出ていくことを許してください」
そういって深々と頭を下げた。
そうしてしばらく佇んでいた潤に話しかける者がいた。
「本当に、もういいんだな…」
「…はい、真名さん」
「しばらく…
場合によっては永遠に会えなくなるかもしれんぞ」
「…わかってます」
「……」
潤は決断していた。故郷を離れ蘆屋一族のもとに行くことを。
真名はわざわざ隠れて深夜に行くことはないと言ったが、潤のたっての願いだった。
「後のことはお願いしていいんですよね」
「ああ…任せておけ。
お前がいた痕跡の消去。周囲の人間の記憶の操作。
すべて正しく実行されるだろう」
「…それは良かった」
「…あの娘に別れを言わなくていいのか?」
「……」
潤はその問いには答えなかった。
「もう行きましょう。
これ以上ここにいると…」
「わかった…」
そう言って二人は結城家を去ろうとした。
その時…
「…潤」
「!」
いつの間にかそこに操が立っていた。
「操…なんで…」
「潤
あんたならこういう決断をすると思ってたわ」
「……」
「ねえ潤? どこ行くつもりなの?
あんたの家はここでしょ?」
「操…ごめん」
「なんで謝るの?」
「ごめん…」
潤はひたすら操に謝る。
「私はあんたに謝られるようなことされてないよ?」
「ごめん…」
それは違う…潤は思った。
今日、自分の能力のせいで操を危険にさらしてしまったからだ。
「僕は、これ以上ここにいてはいけないんだ。
これ以上ここにいると、操だけじゃない多くの人を不幸にしてしまう」
「!」
パン!!
次の瞬間、操の平手が潤の頬を打った。
「あんた! またそんなこと言ってるの?!!」
「……」
「それじゃ、あのときと変わんないじゃない!!」
「……」
「…潤。
私はあんたが何者だろうがどうでもいいの。
危険な目にあったってあんたのせいだなんて思わない」
「……」
「だって私は…」
操は涙を流していた。
「私はいつもあんたに助けられてる!!!
幸福をもらってる!!!」
「……」
「潤! あんたの力は人を不幸にするんじゃない!
人を助け幸福にする力よ!!!」
「操…」
「だから、あんたは…
自分のことを迷惑だなんて思わないで」
母親を失ったとき、潤は自分自身を恨んだ。
自分のせいで母は死んだ。自分は不幸をまき散らす者だ。
だから、心を閉ざした。もう人に迷惑をかけたくなかったから。
でも、そんな潤にまとわりついて離れない者がいた。
その子はいつも潤をいろんな場所に引っ張りまわした。
その子はいつも潤に助けられていた。
…でも、本当に助けられていたのは、その子の方だったのだろうか?
「操…ごめん」
「またそれ!」
「いや違うよ…操
こんどの『ごめん』はそう言うことじゃない」
「?」
「僕は間違っていた。
人を不幸にする力だから、人から離れなければならないと思ってた」
「……」
「でも違うんだよね? 僕の力は人を助けることのできる力。
操はそう信じてくれてる」
潤は操に近づくと、その目の涙をぬぐってあげた。
「…ならば、
だからこそ僕はその力の使い方を学ばなければならないと思う」
「潤…」
「だから僕は…
そのために蘆屋一族に行く」
潤は決意に満ちた表情で操に告げた。
その表情をしばらく眺めていた操は、一息ため息をついた。
そして、今度は真名の方に顔を向ける。
「真名…とか言ったっけ?
こんなやつだけど本当に任せてもいいんでしょうね?」
「…ああ、私が責任をもって彼を見守ろう」
「それなら…仕方ないわね」
操はふいと向こうを向いてしまう。
「頼んだからね、おせっかい陰陽師」
「陰陽法師だ…」
真名は微笑みながら返した。
<そして僕は呪法世界の扉を開いた>
『序章 了』
第一章終了。
果たして潤はどのような世界を見ることになるのか…




