第三話 そして僕は その7
王寺は困惑していた。目の前のこの女・蘆屋真名は確かに自分が切り刻んで殺したはずだ。しっかりと手ごたえもあった。それがこともあろうに、自分の使鬼の腹を裂いて出てきたのだ。
「まさか、あの程度で蘆屋の陰陽法師が死ぬと思ってはおらんよな? 元蘆屋の葛城王寺…」
王寺は返答できなかった。まさか自分の知らない術をこいつは知っているというのだろうか? 王寺は初めて目の前のこの女のことを、決して油断してはならない存在であると感じた。
「ちっ…」
そう王寺は舌打ちすると、右手に剣印を結んで真名に向かって飛んだ。
斬!!
空中に薄い光の板が現れる。それが、王寺得意の『結界刃』であった。それはもう一度真名の腕を切り飛ばすはずだった。
「?!」
真名はもうそこにはいなかった。王寺は右に気配を感じて振り返る。
<金剛拳>
ズドン!
そこに、真名の拳が飛んできた。的確に王寺のみぞおちを拳がえぐる。
しかし、そのダメージは王寺の個人結界が発動し無効化してしまう。
(こいつ! 結界刃をよけた?! いや、そんなのまぐれだ!!!)
王寺は再び剣印を結ぶと、至近距離の真名に『結界刃』を放った。
だが再び、その場にいたはずの真名が消え失せていた。
今度は頭上に気配を感じる。
「悪いがそれはもう効かんぞ」
「な…」
真名は王寺の頭上を飛翔していた。そして、そのまま王寺の背後に着地すると、感情を殺した顔で王寺を見つめる。
「それは始めこそ驚いたが。一度覚えれば避けやすい。
要するに、薄い結界の刃を生み出して、その隔絶の力を用いて両断する術だが。
発生する結界の刃は発生場所に固定され留まったままだから。
発生場所さえ先読みすれば決して当たらん」
確かにその通りだ。『結界刃』はあくまで、切断するモノのところに直接刃を発生させなければ、両断できない術だ。でも普通なら、そのことを知ってもなお避けるのは至難の業のはずである。それを真名はあっさりと避けて見せたのだ。
「く…」
王寺は素早く真名から離れると、懐から十枚ほどの符を取り出す。そしてそれを真名に向けて投擲「急々如律令」と唱えた。
<符術・紅爆炎舞陣>
空中で発生した十もの炎のつぶてが、渦巻き巨大な炎の竜巻へと変化した。その竜巻はうねりながら真名へと向かう。それは、人ひとりならたやすく灰に変える熱量を持っていた。
「切り裂けないなら、灰になれ!!!!!」
しかし真名はその場から動かなかった。その代わり懐から砂の入った小瓶を取り出す。
【火生土】
次の瞬間、『法則』が成立する。
ドン!!
爆音をあげて炎の竜巻は、確かに真名を包み込んだ。それで灰になるはずだった。しかし…
「!!」
次の瞬間に大きな変化が起こった。真名を包み込んで灰に変えようとした炎が、一点に渦を巻いて収束し始めたのだ。それは真名が手にしたあの小瓶だった。炎が小瓶に収束し消えていった後には、少し焦げ跡のある服を着た真名が立っていた。
<蘆屋流五行術・土行土龍顎>
真名は印を結ぶと小瓶を宙にほうり投げる。それは途端に、巨大な龍になって空を飛翔し王寺に迫った。
飛翔する巨大な龍のアギトは的確に王寺に食らいついた。そのアギトは自動車すらペシャンコにする威力を持っているはずだった。
(これでも…ダメか…)
…だが、王寺の個人結界は的確に起動し、そのアギトの威力を無効にしてしまっていた。
「く…まさか…そんな返しが出来るとはな。
正直驚いたぜ」
王寺は冷や汗をかきながら口を開く。
「俺の炎術を【火生土】の法則で土気に変換。その土気を利用して、本来自分では使えないレベルの術を放ったのか…」
真名は答えない。
「だが…残念だったな、俺の結界は完璧だ。
どんな威力もどんな属性も確実に無効化する絶対防御だからな。
お前には絶対勝ち目はないぜ…」
真名は、それはおかしいと思った。「あらゆる属性攻撃を威力に関係なく無効化する」それほどの結界術、よほどの準備とたくさんの呪物を必要とするはずであった。そもそも、個人結界のようにコンパクトにまとまるわけがないのだ。それならば…
「いいだろう。
ならば、貴様に見せてやろう。絶対防御を貫く蘆屋の極意を…」
真名はそう宣言した。




