第二話 正義の炎 その22
「あらん? 姫様? わたしをおよびですか?」
呼ばれて現れた人影は、少々間延びした声を真名にかける。
現れたのは身長180cmほどの背の高い女性だった。
ただこの女性は、普通の人間にはありえない、二本の角が額に生えていた。
きれいな花びらをあしらった着物で身を包んで、黒く長い髪を後ろで束ねている。
腰にはきれいな装飾の入った打刀を差しており、『酒』と書かれた徳利を手にいかにもおっとりした笑顔を浮かべている。
「…百鬼丸。気持ちよく酒を飲んでる最中に悪いんだが。仕事だ…」
「それは…まあ、仕方ないですわね? どのような仕事ですの?」
真名は、立ち上がって体勢を立て直している犬に視線を向けて言った。
「あの『鬼神』の動きをしばらく止めておいてくれ。…殺さないようにな」
「お安い御用ですわ…」
そう軽い口調で答えた百鬼丸は、一口徳利の酒を口に含むと。
ゆっくりとした足取りで歩いていく。
それを見た犬は牙を剥き突風をまとって飛び掛る。
両者が激しく激突した。
【ぐぐぐぐ・・・・・】
「これは…なかなか…、いいですわよワンちゃん」
百鬼丸は巨大な犬の頭に両手を添えて、その突進を押しとどめている。
その光景は少々滑稽でもある。
「ワンちゃん…わたくし、こんなんでも怪力無双で売ってるんですの。
もうしばらく動かないでいてね?」
両者の力比べが始まった、これならしばらく時間を稼げるだろう。
それを確認した真名は、今度は潤の方に向き直り歩いていく。
潤はいまだに石のように身動き一つしない。
操の呼びかけにも反応した様子がない。
そんな潤の前に立った真名は、手を横に伸ばすと…
バチンッ!!!!!!
…思いっきりその頬を平手で叩いた。
「…ちょ!! あんた!! なにやって…」
いきなりのことに操が抗議の声を上げる。
真名はそんな操を気にも留めず、児童公園中に響くかと思われるほどの声で言った。
「いい加減目を覚ませ!!!!
お前は…あの子を…
死すら乗り越えてお前を守ろうとしている、あの優しい子を…
… 人 喰 い の バ ケ モ ノ に す る 気 か!!!!!」
その声を聞いた潤の瞳に、やっと光が宿った。
「…え? あれ…、僕は…」
「潤!? 大丈夫!? 気がついたのね…」
やっと気がついた潤の様子に操は喜んで抱きつく。
真名は潤の様子に安堵する。
「…潤とかいったか?
説明してる暇がないから、とにかくあそこの巨大な犬を『霊視』ろ…」
潤は、目の前の少女が誰なのかわかっていなかったが、その真剣な様子に言うとおりにした。
その表情が一瞬で凍りつく。
「…シ、シロウ?」
「そうだ…、あれはお前の飼い犬のシロウだ」
操は二人が何を言っているのか理解できなかった。
シロウはついさっき火球に焼かれて死んだはずだ。
「…潤。お前が、シロウを黄泉から呼び戻したんだ…」
「…まさか。僕が?」
潤はシロウが死んだとき、再びシロウが帰ってくるのを願った。
それがこんな結果をもたらすとは潤には信じられなかった。
だが、どこをどう見ても、あれはいつも感じていたシロウの魂の温もりだった。
「…いいか、潤!
…無理やり黄泉返らされたシロウは、今『怨霊』になりかかってる…
もし、今の状態で穢れを浴びたら、確実に『怨霊』化する…
そうなったが最後、もう滅ぼすか封印するしかなくなる…」
「…!! それじゃあどうすれば!!」
「お前が…お前の力で、シロウを完全に『使鬼』化するんだ…
それが出来るのは、お前しかいない…」
潤はどうすればいいかわからなかった。
『使鬼』化なんて一度だってしたことがない。
頭を抱えている潤に真名が言った。
「…潤。本来『使鬼』とは心と心を『深い絆』で繋げ、魂を重ねて霊的共生状態になった者の事を指す。
もし、お前とシロウの絆が十分なら、お前がもう一度、シロウを呼ぶだけで契約は成立するはずだ…」
それを聞いた潤はシロウを見つめる。
お前は本当に僕の傍らにいて幸せだったんだろうか。
僕はお前にとっていい兄弟だったのだろうか。
その答えは、いまだわからないが、一つだけ今でもわかることがあった。
僕はシロウを助けたい。
だから、潤は何も考えずにただ叫んだ。
「… シ ロ ウ 来 い !!!!!!!!」
次の瞬間、シロウの全身が光につつまれた。




