第一話 闇に蠢くモノ達 その2
男が得体の知れない少女に遭遇し繭にされた時から一週間ほどさかのぼる。
岐阜県森部市森部町
その片隅にある、月明かりに照らされた廃ビルの玄関口に二人と一匹の影があった。
二人の影は若い男女のものであり、両方とも森部市立森部高校の制服を身に着け、一匹のほうは赤い首輪を付けた真っ白な柴犬であった。女は『結城操』 男は『矢凪潤』 と書かれた名札を身に付け、柴犬の首輪には『シロウ』と書かれている。
「ねえねえ潤くん? 感じる?」
若い女は男に呼びかけた。男は眉にしわをつくって応える。
「すでに感じてるよ。ここは確かに”アタリ”だ…」
「…!」
操はそれを聞くと心の中でガッツポーズをした。
潤が言うならソレは確かだ。彼には”普通目には見えないモノが見える能力”俗に言う霊能力がある。自分にはそれを証明する手段は一切ないが
…まあ昔からのことだ、気にもしない。
潤はいい加減疲れた表情で操に言う。
「で? ほんとに撮影しにいくの? ここは”アタリ”なんだよ?」
「やらいでか! それこそ望むところよ!! 私の怪奇ジャーナリスト人生にまた一ページ!!」
目を輝かせて言う操に、心底疲れた潤は
「呪われでもしたらどうするの? 危ないよ…」
無駄だとわかっていてもそう忠告する。操の”病気”はいつもの事なのだ。
「ふふふ…。大丈夫よ、今回は。いつも大丈夫だけど…今回はね…」
そう怪しい目をしながら、操は懐から何かを取り出す。それは、小さなペンダントだった。
「じゃーん! この前の日曜日に、ある人から買ったパワーストーン!!」
そういって、操は潤の目の前でペンダントをひらひらさせた。
「三ヶ月分のお小遣いがふっとんじゃったけど…まあよし!!」
(またそんなもの買っちゃったのか…)
ペンダントを振り回して喜ぶ操を、潤は顔に縦線を浮かべながら見つめた。これもまたいつもの事だ。
「所有者をあらゆる災いから守ってくれるパワーストーン! これがあれば私は無敵よ!」
そう言うペンダントには確かに力がわずかながら宿っているのが潤には理解できた。こういった類の品を購入する時の操の目利きにはいつも驚かされる。まったく霊能力を持っていないというのに…。
操はペンダントを首にかけると、話を切り上げて廃ビルの奥へと一人で歩いていく。
「ちょっとまって! 僕もいくよ!」
潤はそんな操の後をついていく、いつものように…。
とりあえず霊を写真に収めなければ家に帰らないだろうことは、幼馴染である彼女との長い付き合いのなかで良く理解できていた。
その場に”お座り”して待っていたシロウも主人である潤のあとに続く。
潤は、今夜は少し長くなりそうだとため息をついた。