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海野美琴

 ふたりは、やがてホームへと入っていった。

 永久は、女の子を笑わせられなくてちょっと残念だったが、氷のように固まった女の子の表情をちょっとでも変えることができたので、満足におもった。

 そのすこしあと、シスターが庭にいる子どもたちを呼んだ。子どもたちは、ホームに全員入った。

 食堂に十一人の子どもたちとシスター、そして今日やってきたおじさんと女の子が集まった。食堂の奥に、女の子を守るように両側におじさんとシスターが立ち、テーブルのイスに子どもたちはかけた。

「みんな、こちらが今日からここで暮らす海野美琴ちゃんです。こちらは、児童相談所の猪田さん」

 シスターの紹介に、猪田さんと言われたおじさんが、ぺこりとおじぎした。

「どうもみなさんこんにちは。美琴ちゃんの担当の猪田です。今日から美琴ちゃんをよろしくお願いします」

 美琴と呼ばれる女の子は、うつむいて、ぼんやりした視線を食堂のテーブルの足もとあたりにやっていた。

「美琴ちゃん。みんなにごあいさつして」

 美琴は、猪田の顔を見上げた。凍りついた顔に、困ったような色がうかんでいる。気まずい間があった。

「いいんですよ」

 ほがらかな声で、シスターエレナがその間をほぐした。

「だんだん慣れますから。ね、みんな」

 そう言って、シスターは子どもたちを見た。子どもたちはそれぞれうなずいた。

「すみません……本当に、よろしくお願いします」

 そう言って猪田はまた、シスターと子どもたちに頭を下げた。美琴は、ふたたびうつむいて、ただじっと前方を見ていた。


 給食係のおばさんがならべた夕飯の席に、子どもたちはわいわい言いながらついた。

 かべぎわで立ちつくしていた美琴の腕を、永久は軽く引っぱった。顔を上げて永久を見た美琴に、永久は笑った。

「こっち。いっしょにすわろ」

 永久は、テーブルに彼女を導いて座らせた。そして、となりの席に自分も座った。

 夕飯の献立は、肉じゃがとほうれん草のみそ汁、油菜のごまよごしと豆の煮物だった。

 食前のお祈りをシスターとともに唱えるみんなをよそに、永久は小声で、

「食べられないもの、ある?」

 と美琴に訊いた。しばしの間。

「……お肉」

 しぼり出すように言う。

「そっか」

 永久は、ひざの上でにぎり合った自分の両手を見つめる美琴に笑いかける。

「じゃあ、ぼくにお肉、よこしなよ。取りかえっこしよう。ぼく、豆がだめなんだ。よかったらぼくの、食べてくれる?」

 美琴がびっくりしたような横目で見る。永久は、にっ、と笑う。

「……うん」

「取り引き、成立!」

 そう言うと永久は、大げさにあたりを警戒するそぶりをした。そのさまのこっけいさに、美琴はもうすこしで笑顔になるような表情をうかべた。永久は、笑ったら死んでしまうという魔法を魔女にかけられてしまっているお姫様みたいだな、とおもった。

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