新しい女の子
「永久っ!」
朝食のあと、片づけの手伝いをしている子たちを、おどけたふりで笑わせていた永久に、シスターエレナの叱責が飛んだ。
「片づけのじゃまをしないでちょうだい! いつまでも片づかないでしょう!」
「は、はー」
大げさにおそれ入る永久を見て、子どもたちはくすくす笑う。
「まったくあなたって子は……今年から小学校よ? けじめをつけるときはけじめをつけなければいけませんよ。わかりましたか?」
きびしい口調ながら、シスターの目はかすかに笑っていた。シスターも、本当は楽しいことが好きなのだ。だから、永久は彼女が好きだった。
「はーい!」
永久は、元気に手をあげて返事した。
シスターはうなずくと、両手を合わせた。
「それとみんな、今日の午後に新しい子が来ます。海野美琴ちゃんという六歳の女の子です」
子どもたちは、手を止めてシスターの話に聞き入った。
「……とてもつらい目にあってきた子です。心を閉ざしてしまっている子ですが、温かく接してあげてくださいね」
はい、と子どもたちはまじめな声で答えた。
どの子どもたちも、ここに来た当初は心を閉ざしていた。悲しい気持ちを抱えていない子はいなかった。でも、明るくやさしいシスターの愛情のおかげで、子どもたちは少しずつ悲しみとつき合えるようになっていく。
そして、永久の存在も大きかった。ひとを笑わせることが好きでたまらない永久のまわりには、いつも笑いが絶えなかった。悲しみに固まったみんなの心を、永久は笑いでやわらかく溶かした。
同い年だ、と永久はおもった。ホームには現在同い年の子どもはいなかったし、いたときもあったが一時の間だけだった。
どんな子かな。ここに来るのは恵まれない子だけれど。
永久は、彼女に会うのを楽しみにおもった。
午後二時、ホームの門の前に、白いバンが止まった。
桜の木の下で鬼ごっこをしていた子どもたちは、女の子がやってきたことに気づいて、うごきを止めて門をくぐる人影に注目した。
やがて、バンから下りてきたふたりが門を入ってきた。ひとりは、がっちりした体格の背広を着たまじめそうなおじさん。そのおじさんに、背中をそっと支えられながら進んでいるのは、いまにも日差しに溶けてしまいそうなくらい色白な、固い表情の女の子だった。肩下までの髪の毛の先まで、悲しそうな雰囲気を醸している。
桜の横を通るとき、ふたりは子どもたちに気づいた。女の子が永久に目をうつしたとき、永久はおもいきりひょうきんな顔をして見せた。その顔を見ただれもが、吹き出さずにはいられない、お得意の顔。悲しそうな目をした女の子は、ただただびっくりしていた。おじさんも永久の顔を見たのだが、おじさんもちょっとびっくりしたあと、にっこり笑った。