SS1「擬似結婚式」
「宗ちゃん、結婚式挙げようよ。」
「は?急になんだ?」
今は、宗の家の中。
もっと具体的に言うならば、ベッドの上でいつもの如く佳音が宗に甘えている。佳音の話すことはいつも唐突だが、今日のはその中でも群を抜いていた。
「いや、だから結婚しようって。」
「だからじゃねぇよ。どうしてそんな結論に至ったんだ?」
「うーん、今が幸せだからそれを維持するためかな?」
「いつもにも増してつっこみがいのある台詞をありがとう。で、まず年齢が至ってないだろ。お前はぎりぎりセーフだとしても。」
「わぉ、失念してた。」
「僕よりも知識があるお前が失念するわけがない。確信犯だろ…。」
又は、それすら見えないほど盲目になってるとは…考えたくない。
「じゃあ、年齢は時間が解決するか改正するとして、他には?」
「さらっと、立法する可能性をあげやがったな。お前なら、やりそうで怖い。
で、他の理由だったな。まあ、互いの気持ちは突っ込むと怒られそうだからいいとして…お金とか?」
「それは、私が稼いであるから大丈夫。」
「何気に現在形なのが地味に怖い。というか、思ったよりも考えてるんだな。」
てっきり、いつもの思い付きかと思ってた。
…こいつの場合、思い付きでもそれ以前に考えてあったりするから判断がつかないんだよな。
「当たり前だよ。私たちの未来だよ?」
当たり前なのか。その常識はどうにかするべきだと切実に思う。
「もしかして、真面目な話だったのか?」
この僕の言葉に不満そうに頬を膨らませる佳音。
行動が分かりやすくて助かる。こいつの場合わざとな気もするけど。
「もちろんだよ~。まさか、遊びだと思ったの?」
「ああ。いつもみたいに僕に甘える時の話題ってだけかと。」
「そんなことあるわけないよ。私がこうやって甘えながら話すのは真面目な話がほとんどだから。」
「確かに考えてみれば、真面目な話以外で僕に甘えているときは、気持ち良さそうにして撫でられてたな。」
撫でてと頼まれるんだけれども。
「そうそう。ここが一番安心するんだよね。」
「そう言ってくれるのはありがたいが、論旨がずれてるぞ。」
「あぅ。で、結局結婚してくれるの?」
「正直考えてなかった。とりあえず、いますぐは無理だな。」
「私のことは嫌い?」
上目遣いで聞いてくる佳音。どう考えても確信犯じゃねぇか。まあ、影響されるんだけれど。
「そんなことはないよ。ただ、今すぐ言い切れる話題じゃないな。」
「多分、私の親なら宗ちゃんなら良いっていってくれると思う。」
息子から娘になっても大きな抵抗を示さなかった佳音の両親ならそうかもしれない。
「家も…あ、許可しそうだな。というか、いくらお前とはいえこの時間帯にここにいることに違和感を感じない時点で期待はできないな。」
それが、佳音の性別を本当にわかっているのかどうかで大きく評価が変わってくるが。
「つまり、私たちの間を裂く障害はないんだよ。」
障害があったら、真っ先に取り除こうと行動する佳音はそういった。というか、実体験があるから確信が持てるぞ。
「そもそも、お前の戸籍上の性別はどうなんだ?受理してもらえるのか?」
仕方が無いので、戸籍関連から攻めて見る。だが、そんなことを佳音が考えてないはずがなかった。
「もちろん女性で登録されてるから、もう年齢上は大丈夫だよ。」
「うーん、客観的事実の否定材料が見当たらねぇ。まあ、一番大事な僕の意思が肯定しないんだけど。」
「うわぉ、一番難関な壁があったよ。私と結婚したくないの?」
「別に結婚したくないわけじゃない。ただ、時期を見たいといっているだけだよ。」
「うーん、私としてはもっと早く結婚式を上げたいんだけど無理かなぁ。」
「まあ、さすがに諦めてくれ。せめて、大学卒業してからな。」
「わかった。じゃあ、その上で提案なんだけど…。」
佳音は1枚のチラシを取り出す。こうやって持ってるということは、否定されることも想定内だったのか。少し安心した。
「ここに結婚の擬似体験があるんだけどさ、これやらない?せめて夢は叶えたいよ。」
「それは、病気で死にそうな子がいうセリフで、今後、結婚する意思があると言っている彼氏にいうセリフじゃないな。」
僕はそう言いながらも、チラシを見る。どうも、晩婚化を危惧した教会がキャンペーンとしてやっているらしい。対象は高校生以上。なんて広い対象範囲なんだ。
「いつやるんだ?」
「明日。」
「…いくら、明日が休みだとはいってもすごく急な話だな。」
「まあ、宗ちゃんの予定なら大体知ってるし。そもそも、あんまりデートいってないよ?」
「彼女に予定を握られてる彼氏ってのも怖いが、今はそれはとりあえずおいておこう。
いつもベッタリなくせに、これ以上のデートを望むのか…。いつもの通学路がデートみたいなもんじゃないか。」
なんか、自分で言ってて胸焼けがしてきた。だが、ここは通してしまうと僕の自由な時間は全くなくなってしまいそうだから、一線は引こうと努力する。
「それとこれは別だよ。私が独占欲強いのは知ってるでしょ?」
「開き直って言うことじゃないと思うぞ。まあ、それはよく知ってるよ。」
「だったら、たまには彼女のわがままも聞いてよ。」
「たまにはというのはひっかかるな…。
まあ、このまま意地を張っていても仕方が無いな。いいよ、行こうか。」
「本当!?やった!」
僕の方にふり向いて満面の笑みを漏らす佳音。つい一瞬、この笑顔にために生きてるのかと思ってしまったほどだ。
「じゃあさ、まずはこれをやって…。」
こうして、僕達の(擬似)結婚式は着々と予定されていくのだった。
「えーと、このプランなんていかがでしょうか。」
「これでいいんじゃないか?」
「うん、このプランにする!」
以上、係員、僕、佳音の発言である。
お分かりの通り今僕たちは早速、教会にいた。
結婚式体験のことを申し出ると、すぐに応対してくれた。(その時に高校生カップルだと話すと驚かれたが。)
プランとしては、結婚の流れを見るだけの一番簡易的なものから、2次会の計画まであるものまで、様々だった。
…後半に関しては、本当に体験なのかどうかは、教会に小一時間問い詰めたい気持ちが沸いたが。
佳音はできるだけ大々的なものを望んだが、流石に思い止まらせて、一番オーソドックスな教会での誓いのみを行うプランを頼んだ。
オーソドックスといっても、観客は30人以上(どうも単純に見学に来た客がいるらしい)で、指輪の交換から誓いのキスまで行うのだ。…キスはご遠慮願いたかったが、佳音にとっては譲れないものだったらしく、結局やることになってしまった。
ちなみに、費用は4万。この中には1万の指輪が2つ含まれているらしいが、これを高いと見るか安いと見るかは人によるだろう。
佳音にとっては高い額ではないらしい。今回の費用と称して、軽く20万ほど出した佳音の行動を忘れることはないだろう。
「宗ちゃん、話を聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ。」
どうも現実逃避をしているのがわかったらしい。
「本当?まあ、いいや。これがスケジュールというか、予定表だって。」
佳音の手にあるのは、結婚式の台本のようなものだった。いや、実際に台本なんだけど。
「どれどれ…。おい、こんな言葉を言わせるつもりなのか?」
僕は誓いの言葉を指差して佳音に詰め寄る。しかし、佳音は全く怯むことなく返してきた。
「もちろんだよ。この前のセリフよりはましだって。」
そういってはにかむ佳音。
「それを持ち出されるということはなくなるが、おまえだってもっと酷かっただろ?」
「うん。でも、私はあれを恥ずかしいと思ってないから。」
僕はこの言葉に返す言葉がなかった。
「それでは、新郎新婦の入場です。」
そのアナウンスを聞いて、腕を組んだ僕と佳音はレッドカーペットの上を歩き出した。
本来なら、新婦である佳音は父親に引導を渡してもらうのが基本だが、体験なのでこれでよいと言われた。
「おめでとう~!」
「あの新婦可愛くね?」
「ねぇねぇ、見てみて。あの子、照れてない?」
左右より、野次から祝福の声まで、様々な声が飛び交う。お客には、これが体験であることは伝えていないらしいから、本当の結婚式だと思い込んでいるだろう。
「凄く嬉しい…。」
隣にいる佳音は僕にしか聞こえないような声でそっと呟いた。
その顔には、夢が叶った喜びの笑顔が浮かんでいたが、恥ずかしさからか頬が少し赤かった。
「ああ。」
あまり長い言葉を言ってしまうと会話しているのがばれてしまうので、短く同意の言葉を返す。
だが、それだけで僕の言いたいことは伝わったのか、佳音から不満の声が出ることはなかった。
「新郎よ、貴方は生涯、新婦を愛すことを誓うか。」
神父の前につくと、まずは誓いの言葉だ。
「誓います。」
ここで、ふざけるという選択肢はない。
多少は文句をいいつつも、不真面目なつもりで来たわけではなかった。
そもそも、こんなところでふざけるつもりなら擬似的にとはいえ、結婚式を挙げることを了承したりしない。
「了承した。
では、新婦。今後の変わらない愛を新郎に捧げると誓うか。」
「誓います。」
若干、佳音の声が上擦っていた。きっと、緊張というよりは武者震いの方が近いのではないのだろうか。
「了承した。
ここにいる、皆様を証人として、彼ら2人は変わらない愛を誓ったことをここに証明する。
今から、その愛の証である指輪を交換する。
新婦、新郎に指輪を。」
「はい。」
前言撤回。佳音はかなり緊張しているらしい。いつもはみたこともないほど、手元が危なかしかった。
だが、元々の要領が良いのが幸いしたのか特に問題もなく、僕の薬指に指輪をはめた。
「それでは、新郎。新婦に指輪を。」
「はい。」
今度は、僕の番だ。タキシードのポケットにあるケースから指輪を取り出す。
「えっ…?」
その指輪を見て、驚きの色を隠せないだろう。
僕の手にあるのは、佳音に知らせずにかったダイヤの指輪なのだから。
戸惑う佳音の手をとって、丁寧に左手の薬指にはめる。その佳音の表情が微笑ましかったのか、開場から小さな笑いが起こった。
「そ…それでは、最後に2人の今後を願いまして誓いのキスをお願いします。」
神父の声も、予想外の展開に少し上擦っていた。
僕は、未だにガチガチに固まったままの佳音に顔を近づける。この指輪を使うと決めた時から、こうやって佳音が緊張して動けないことは予想していた。
佳音の顎を少し上げる。そして、その唇に軽くキスをした。これだけで佳音は真っ赤に茹で上がって何もできなかった。
「ここに、1つの夫婦が出来ました。みなさん、盛大な拍手でお送り下さい。」
神父がそう言うと、お客が割れんばかりの拍手をした。いつもは見ない近いのキスや、サプライズを楽しんでいたようだ。
僕は、その中をきた道を緊張して動けないカノンと腕を組んで歩いていった。いつもとは逆に僕が腕をかけながら。
それから、互いに着替えた後。後からきた佳音が開口一番にこう言った。
「宗ちゃん…えーと、ありがとう。」
「どういたしまして。喜んでもらえたかな?」
「うん!」
すごく嬉しそうに薬指にあるものを見せる佳音。これなら、サプライズをやったかいがあるもんだ。
「そういえば、いつ買ったの?それに高かったでしょ?」
「買ったのは、今日の未明かな。値段的にはそれなりだよ。カラットも小さいし。」
「未明!?もしかして…あのあと、買いに行ったの?」
「そりゃあ、夜中に買いに行かなかったら、佳音にバレちゃうからね。
駅前まで行けば、夜中でもやってる店は幾つかあったから助かったよ。」
「うぅ…まさか、サプライズで指輪をくれるなんて…。嬉しくて動けなくなっちゃった。
そういえば、あれいくらだったの?お金だったら私が…。」
「佳音。そうじゃないよ。
今の佳音にはわからないかもしれないけどね。男には、格好を付けたいところがあるんだよ。
今回の指輪は僕が買ったから意味があるんだよ。
値段なんていい。ただ、喜んでもらえたならね。
もし、それに理由がほしいっていうのなら、婚約指輪ってことでいいかな?」
「婚約…指輪?」
「そう。
昨日もいろいろ話したけどね、やっぱりまだ結婚はできない。年齢的な問題もあるし、そうじゃない問題もたくさんあるね。
でもさ、婚約なら今だってできるでしょ。
プロポーズは残念ながらもうしちゃったからね。婚約指輪ってことでうけとってくれる?」
「…ありがとう…。すごく嬉しくて…涙が止まらないよ…。」
言っているそばから涙をぽろぽろと流す佳音。
それを僕はそっと抱きしめる。
「いいよ。泣いてくれていいんだよ。
でもさ、泣くのはこうやってうれしい時だけにしてね。悲しみの涙なんてもう見たくないから。」
「…うん。約束する。」
こうして、僕達の擬似結婚式は幕を閉じた。
実際に結婚をするのは、まだまだ先かもしれない。
けれども、この記憶は薄れることもなく、また大きな行事として僕達に残るだろう。
あわよくば、本当の結婚式の時に、この思い出がかけがえのないものになってればいいな…と願うばかりだった。
個人的に書きたかった番外編の1つです。
ただ、最後になるとどうもまとめたくなる癖はどうにかならないのでしょうか…。
宗が毎回くさい台詞しか言わない気がしてきました。