第6話「流れだした時間」
意識が定まらない。ぬるま湯の中にいるように浮遊感と虚無感を感じる。
だが、それは佳音の言葉によって消えていった。
「大丈夫?」
「ああ。どのぐらい寝てた?」
ここが、保健室であることも自分が気絶してしまったこともわかっていた。それだけの記憶と判断能力はあったのだ。
「大体、2時間ぐらいかな。今は、全校集会中だね。まさか、気絶するとは思わなかったよ。心配したんだよ?」
「ああ、すまなかった。」
僕は、自分の服装を見る。制服ではあるのだが、上着は脱がされていてワイシャツ姿だった。
「この上着は佳音が?」
「うん。血まみれだったからね。さすがに、ズボンはそのままだけど。」
そう言われて、自分のズボンを見る。膝を中心に血がどっぺりとついていた。
「そういや、あの時は血溜まりの中に駆け寄っちゃったんだな。」
「そうそう。宗ちゃん、すごいよね。いくら好きな人が死んでしまったとは言っても。」
「この状態でそこまで公開で言えるおまえはすごいよ。
ただ、僕はおまえが死んじゃったとしたらあれですまないと思うよ。おまえは家族みたいなもんだからな。」
「…まさか、ここでそんな言葉が聞けると思わなかったよ。」
若干、佳音の声が小さくなった気がするが気のせいだろうか。
「あ、宗。本当に大丈夫なの?」
「心の傷のほうだよな?とりあえずは、何とかなってるよ。ただ、状況を受け入れられてないだけかもしれないな。」
「とりあえずは、安心かな。もし、不安になったら私に泣きついてもらっても大丈夫だよ。」
そういって、僕を受け止めるられるように手を広げる佳音。
「ありがとう。まあ、この前は逆だったんだけどな。」
「相互扶助ってことでいいんじゃないかな?あ、そういえば町田先生が呼んでたよ。
意識がしっかりしてるなら、カウンセリングをしておきたいって。」
「ああ、わかった。」
そう言って僕は立ち上がろうとしたが、それを佳音に止められた。
「まだ病人扱いなんだから、私が呼んでくるよ。少しはゆっくりしてて。」
「ありがとう。頼んだよ。」
抵抗しても何も意味がないと踏んで、佳音の言うとおりにお願いした。
「先に聞いておくけど、カウンセリングしても大丈夫か?内容はわかっていると思うけれども、今日の事件のことだ。
できるだけ傷を残せないようにカウンセリングを行うが、そもそも話題だけで傷をえぐるようでは意味がないからな。」
「大丈夫です。というより、状況を受け入れられてないだけじゃないかと思います。」
あの後、できるだけ僕は動かないほうがいいという町田先生の判断で佳音が終わるまで外に出ていることになった。
(余談だが、僕達以外の生徒は一斉下校をしており事実上の休校となっていた。)
「わかった。できるだけ気をつけて話をしていく。辛かったらすぐに言ってくれ。」
「はい。」
「まずは、纐纈についてだが…どこまで知ってる?」
「朝見た以上には何も。」
「もうここまで来たら、すべて話すべきだな。少しきつい内容もあるが許せ。
纐纈は頸動脈切断による出血多量で死亡。
おまえが踏んでいたりするから確証は持てないが、周りの結果から自殺じゃないかと踏んでいる。気づかなかったかもしれないが、彼女は右手にナイフを持っていた。
指紋検証まではしてないが、血の付き方と傷が見た感じ一緒だからな。
どちらにせよ不幸な結果であることは確かだが、できれば他殺とは考えたくないな。もし他殺と考えると犯人は本校の生徒の確率が高くなってしまうからな。」
「…そんなのは、先生方の都合で正しい判断にはなっていないじゃないですか。」
「生徒が首を突っ込むな!…と言いたいところだが、残念ながらおまえじゃそんなことは言えねぇな。」
「そこまで赤裸々に語ってしまって大丈夫なんですか?」
「残念ながら、これが俺のやり方だ。そもそも、カウンセリングだってたまたま相談に乗って解決してしまったのが高じて今も続けているだけだ。
正式なカウンセリングなんかやってないぞ。」
「…僕がショックをうけるとは思わなかったんですか?」
「自分で言うのは自慢に聞こえるかもしれんが、それぐらいの判断はできるつもりだ。
おまえ、俺の授業中にトラブルが起こってもうろたえたことを見たことがない。
人並みに笑ったりとあわせているが、どこか抜けているところがあるように感じる。
そんなお前なら大してショックをうけないと考えたんだが違ったか?」
「ショックは受けてますよ。まさか、そんなに酷いとはね。
ですが、先生の判断も半分正しいです。塞ぎこんでしまったり、錯乱するようなショックじゃないです。」
先生には言わないが、この程度のショックなら中学の頃に散々、佳音関係で受けている。悩みによるストレスも比じゃないぐらいだ。
「おおかた合っていたようで何よりだよ。」
そう言って、黙ってしまう町田先生。まるでカウンセリングをやるつもりは感じなかった。
1分ぐらい静かな時間が過ぎてから先生がこう切り出した。
「すまん。普段だったらもっと慰めの言葉をかけたりしてカウンセラーらしいこともやるんだが今回は事情が事情でな。」
「仕方が無いでしょう。人が死ぬなんて他の悩みに比べれば大したことはないのですから。」
「そんなことはない!傍から見れば大差ないかもしれないが本人にとってはもっと重大だったりするぞ!」
僕の言葉に町田先生は過剰反応といってもいいほどの興奮を見せた。正直、怖かった。
「…す、すいません。」
「あ、いやすまない。こちらもつい気が入ってしまったようだ。」
今回は、先生の演技による誘導ではなかったらしい。いや、これすらも演技だったら判断がつかないが。
「今回の問題について、おまえなら話せるというレベルで伝えるべき事実がある。聞くか?」
「…はい。聞かせて下さい。」
「まずは…すまなかった。」
「え?」
それまでの真剣さから一転…いや、恐怖すら感じていた威圧感が消えてしまい、代わりに頭を下げている先生がいた。
「ど、どういうことですか?とりあえず、頭を上げて下さい。」
「ああ。実は、おまえに告白する人を止めているという噂があると思うんだがあれの原因は俺だ。
もともと、俺のカウンセリング対象の中におまえのことが好きだという人がいてな。
ただ、それは精神的に強い依存から感じている恋心であると判断して、どうにか告白は思いとどまらせたんだがな。
何故かそれが誇張して流れて行ってしまったんだ。
あの時は仕方が無いと思ったが、今考えればすごくおせっかいだったな。」
「…先生はそう考えられるかもしれませんが僕にとってはありがたいですよ。」
ただでさえ、僕が纐纈に告白してからというものの、佳音の甘えが強くなったのだ。
告白なんてされたら、どんな対応をするのか考えるのも怖い。
「慰めでも、そういってくれると助かるな。…ってこれじゃ、どっちがカウンセリングをしてるかわからんな。」
そう言って、空笑いをする先生。ただ、僕は一緒に笑うつもりにはなれなかった。
それは先生もわかっていたのか話を続けた。
「実は、この騒動はまだ解決していなくてね。幸い明日から休みだから状況次第では月曜以降も休校にしようかと考えている。
その間に伝えたい事があっても伝えられないのは少々困るので、できればアドレスを教えて欲しいんだがいいか?
できれば、他の先生には内緒でな。」
「いいですよ。僕も…真相が知りたいです。友達のことなので…。」
そうして、先生と僕はアドレスを交換した。ただ、僕はそのこととよりも先生がつぶやいた一言が無性に気になっていた。
『友達か…』と。