第4話「2人きりの勉強会」
「宗ちゃん、遅いよ。」
僕が家に帰ると当たり前のように佳音は僕の部屋にいた。
もう10時を超えている。本当にうちの親は佳音を異性だと考えているのだろうか。
まあ、それは僕も佳音も同じなのだけれども。
「ごめんごめん。」
そう言って、僕は佳音の頭を撫でる。
この1年の間に気づいたのだが、佳音は2人でいる時に頭をなでられるのが好きだった。
本人には悪いとは思いながらも彼女の文句をこれ以上言わせないための方法だった。
「宗ちゃん、いつもの様にお願い。」
そう言って、ベットを指さす佳音。一瞬誤解しそうな仕草だがなんてことはない。ただ単にベットに座ってと言っているだけだった。
まあ、僕が足を開いて座りその前に座り込むのだから、ただ単にというわけでもないのだろうが。
もともとの体型から、僕の前に座り込むとちょうど僕の位置に佳音の頭が来る。此の位置で後ろから頭を撫でてもらうのが佳音の気に入りだった。
「宗ちゃん、さっきまでどこいってたの?」
「近くの駅のDVDショップと喫茶店かな。あの喫茶店、結構雰囲気いいんだぜ。今度一緒に行こうな。」
「うん。1人…じゃないよね?」
「ああ。纐纈と2人だよ。そのお店も纐纈におしえてもらったんだ。」
「纐纈さんって…クラス委員の?」
「ああ。」
「もしかして…付き合ってもらえた?」
「いや、無理無理。一応、今までと同じように接してくれるってことだからありがたいところだけどな。」
「…そっか。宗ちゃん、もっと撫でて。」
「わかったよ。ただ、もう帰ろよ。いくら家が近いとはいってもこんなに遅い時間じゃ心配するだろうし。」
そう言って、僕が撫でるとまるでネコのように佳音は目を細めた。そうして、撫で終わるとまだ足りないと言わんばかりに目で訴えるのだった。
ただ、今日はもう時間が遅すぎた。もう10時半を超えてしまっている。
「佳音、帰るよ。送ってくから。」
「うん。」
そう言って、名残惜しそうに僕のベットから降りる佳音。
そのまま家まで送っていった。
その間ずっと腕を組みっぱなしだったが、それを注意することはなかった。
「佳音、迎えに来たぞ。」
「もうちょっとまって。」
いつもの通り、迎えに来ると案の定待っていてという声が聞こえた。
そして、それまで佳音のお母さんと話しているのもいつも通りだった。
「おはようございます。いつも、お弁当すいません。とてもおいしいです。」
「いえいえ、うちの娘がかけてる迷惑に比べたらたいしたもんじゃないですよ。昨日も遅くまでそちらにいたみたいだし。」
「すいません、一応早めに送るようにはしてるんですが帰ってきたのが10時なので。まさか、僕の部屋にいるとは思っていませんでしたし。」
その言葉を聞いて、お母さんは軽く笑った。
「実はね、佳音、宗くんの部屋で待ってるって聞かないのよ。あ、本人には内緒ね、怒られてしまうから。」
その言葉に頷こうとしたところで、佳音が降りてきた。
「宗、おはよう。髪よろしくね。」
そう言って、後ろを向く佳音。といっても、今日は編むつもりはなかった。というより、編むほうが珍しいのだ。
もともと、編むよりも伸ばしている方が好きな佳音は、たまに気まぐれで編むことを要求するが基本的には髪をすうだけで、特別な縛り方をしないのが普通だ。
「じゃあ、お母さん行ってくるね。」
「宗くん、佳音行ってらっしゃい。」
僕は、軽く会釈して駅へと向かった。
今日は珍しく、腕を組もうとはしなかった。
ただ、指を絡めただけでかなり上機嫌だった。久しぶりに、昨日甘えたからだろう。
そういえば、昨日みたいなことをやったのは久しぶりだったなと考えていると、佳音が話しかけてきた。
「宗ちゃん、今日は一緒に勉強するんだよね?」
「ああ。またいつもの通りだがよろしくな。」
「なんか宗ちゃんに勉強教えるの久しぶりな気がする。
「うちの高校はテストの回数が少ない代わりに範囲を限界まで広くするからな。教えてもらう頻度にしたら少ないかもしれないな。」
「それでも、私が役に立てるのは嬉しいよ。」
「むしろ、勉強面以外だとあまり役に立ってる気がしないけどな。」
「う…反論できないよぉ。宗の意地悪。」
「そんなに落ち込むなって。」
僕達は、そんな他愛もない話をしながら話しながら学校に向かった。
昨日頑張って調べた映画は、クラスのみんなに見事に喜ばれ、投票が行われた。
やっぱり、努力したものが報われるというのはいいなと考えていると、名前を呼ばれた。纐纈だった。
「宗くん、投票の結果を調べたいんだけど今日残れる?」
だが、残念ながら今日は先客がいるため、断るしかなかった。
「ごめん、今日は用事が入ってるんだ。」
「……もしかして、佳音さん関連ですか?」
「え?なんで分かったの?」
「いえ…なんとなくですよ。じゃあ、明日の帰りならどうですか?」
「明日は予定が入ってないから大丈夫だよ。」
「わかりました。それじゃあ、明日に。」
そう言って、纐纈は自分の席に帰って行った。
個人的に、どうして佳音関連だとわかったのかが気になったが、聞きそびれてしまった。僕はそんなに分かりやすそうな顔をしているのだろうか。
「宗、帰ろっ!」
僕のクラスの帰りのホームルームが終わった途端、ハイテンションのまま佳音は僕のもとにやって来た。
まあ、ハイテンションなのは朝からだし、周りも特に違和感を持ってないので注意する点はなかったが。
「わかったわかった。だから、引っ張るなって。」
佳音はすぐにでも帰りたいのか僕の袖をひっぱる。
「早く、早く。早く帰ってテスト勉強やろうよ。」
「そんなに急がなくてもいいじゃん。」
だが、佳音は僕の言葉が納得かなかったようだ。
「久しぶりに宗と一緒に帰って、さらにその後も一緒なんだよ!」
確かによく考えてみれば、最近はクラス委員の仕事のほうが忙しくて帰る時間も遅くなっていたり、一緒に帰れない日が多かった。
少しオーバーだが、佳音にしてみればとても楽しみなのだろう。
「わかったよ。早く帰ろうか。」
「うん。」
佳音は、うなづくと学校の中にもかかわらず手を絡ませてきたがこのハイテンションな佳音に大してそれを注意することは僕には出来なかった。
この少女の数少ない夢を崩すように思えたからだった。
「だから、ここは数値が一定になるから1に収束するの。わかった?」
「ああ。」
「他にわからない所ある?」
「いや、とりあえずわからないところは全部解説してもらったから大丈夫。
一旦休憩にしないか。」
「そうだね。」
時計を見る。もう勉強を始めてから2時間が経っていた。
「佳音、少し待ってて。軽く食べるものを持ってくるから。」
「わかった。」
僕の言葉に同意を示して、僕のベットに潜り込む佳音。本来、男子が使っているベットに女子が潜り込むのは何か抵抗感があるが、佳音ならなんでもありな気がした。
ジュースとお菓子を取り出して自分の部屋に戻ると何故か佳音が寝ていた。この僅かな時間で(しかも人のベットで)寝るとは…素直にすごいなと思う。
「佳音、起きなって。」
「うーん。」
だが、佳音は起きる様子がない。もしこれが逆の立場ならキスをして起こすぐらいのことは平気でやりそうなものだが、僕にそんな勇気も趣味もない。
まあ、キスをしたら起きるだろうという自身はあるのだけれども。
仕方なく、ベットの近くに座り込んで佳音の頭を撫でる僕。別に佳音と話していることだけが楽しいのではない。
単純に一緒にいるだけでも楽しいのだった。寝顔がかわいらしいというのもあるのだけれども。
そうしているうちに僕も眠ってしまい、気がついたときには夜の9時になっていた。
「ん…、もう9時か。」
眠気で起きていない頭を無理やり起こしながら、現在の状況把握を行う。
机の上には、やりかけのテキストとぬるくなったジュースとお菓子。
そして、僕の前には未だに可愛らしく眠っている佳音。違和感はないが、さすがに起こすべきであろうとは思った。
「佳音、もう9時だよ。」
「…え、もう9時なの?」
さすがに長く寝て睡眠も浅かったのか、先程と違い軽く話しかけただけで起きる佳音。
だが、その顔には不満の色が強く出ていた。
「うぅ…せっかく一緒にいたのに寝ちゃった…。」
「まあ、疲れてたんだろうし仕方が無いだろ。それにいつも一緒にいるじゃん。」
「それはそうなんだけれども…それでもショックだよ。」
「と言われてもねぇ。僕も寝てしまったし。まあ、寝顔も可愛かったしいいんじゃない?」
客観的に考えれば僕の言葉は支離滅裂であった。が、そんなことを佳音が気にするわけがなかった。
いや、具体的に言うなら気にする余裕がなかっただけなのだが。
「あ…寝顔…みたの?」
「うん。というか驚くのか。そもそも僕のベットで寝ている時点で思いつくだろうに。」
「う…それもそうなんだけど、ついつい安心感と言うかなんというか…。まあ、宗になら見られても問題はないのだけれども。」
「恥ずかしがる佳音ってのも珍しいな。」
「そんな風に思われてるの…ちょっとショックかも。」
「ん?ごめん、よく聞こえなかった。」
どうも、佳音は無意識のうちに語尾がフェードアウトしていたようだ。
「あ、別に大したことじゃないよ。
それよりもさ、宗が告白した子…えーと、なんて名前だっけ?」
「纐纈だよ。」
「あ、そうそう、纐纈さん。それについてちょっと調べてみたんだけど、どうも彼女は町田先生からカウンセリングを受けてるみたいだね。」
「そうなのか。って、なんでお前がそんなこと知ってるんだよ。」
「私にも、独自の情報網があるってことで。それで、これとこの前の噂を合わせると宗に告白しない様にカウンセリングを受けてるかもしれないなって。」
「それが実際にあるかどうかは別にして、それにどんな利点があるだよ。」
「さぁ?そんなに宗ちゃんは重要じゃないと思うんだけどね。」
そうおどけていた佳音だったが、僕の目にはもっと確信的な何かを知っているように見えた。怖くで聞くことは出来なかったが。