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昔の親友、今彼女  作者: twilight
第1章「出会い編」
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第3話「仕事デート」

今日の授業の中で唯一、印象に残ったのは1限の数学だった。

理由としては数学があまり得意でないので真面目に受けなくてはいけないから。(逆に他の授業はそれなりにわかるので、あとから佳音に教えてもらうつもりで話半分で聞いていた。佳音の方が教えるのがうまいと感じているからだ。)

ただ、まじめに授業を受けていたのはそういった理由でも印象が残ったのはまた別の理由だった。

「纐纈、この問題を解け。」

「う…えーと、3です」

「は?答えはルートになるに決まってるだろ。わからないなら去れ!昼放課に補修だ。」

町田先生と纐纈のやりとりで、クラスからどっと笑いが沸く。

ただ、それは馬鹿にしている笑いじゃなくてついついでてしまうといった微笑ましいというニュアンスの笑いだ。

町田先生は、授業のやり方こそきつい言い方をするが、自分のやり方が授業に、さらには生徒にどんな影響を与えるかを考えてやっているのかこの数学の授業が嫌いという生徒や、居眠りをしている生徒を見たり聞いたりしたことがない。

ちなみに、この先生のやり方が考えられたものであるということに気づいたのは、町田先生がスクールカウンセラーとして活動していると聞いてからだ。

どんな生徒にも、優しくアドバイスをして、それが良い影響になると考えたら、強い言い方も使う。

そういった、授業と同じやり方のはずなのに未だに解決しなかったトラブルを聞いたことがないというのはこの先生がどれだけ優秀かを示しているだろう。

今日、みんなのネタにされた纐纈も、怒られたはずなのに笑っている。彼女はクラス委員でありながら、勉強が全くといっていいほどできない。特に数学は壊滅的なのだ。だが、その人徳から人望は厚い。勉強ができないことでバカにされたどころか、みんなで教えようという気持ちにさせるのは町田先生とは違う意味で(意図的か天然かの差で)才能ではないのかと思う。実を言う僕もそういった面に引かれているのだった。

残念ながら、すべての内容が理解できたわけではないが他の授業に比べて飽きることなく授業が受けられるこの数学の授業が僕は好きだった。

そんなことを人のいなくなったクラスで1人座りながら考えていると、待ち人が入ってきた。

「ごめん…待たせちゃったね。」

数学の教科書を片手に持った纐纈だった。彼女は昼放課だけでは時間が足りず、授業後30分の間は補修に行っていたのだ。

「いや、そんなに待ってないよ。そもそも、1人でもやることはあるし。」

僕は、手元にある名簿をさしながら言った。どうも僕達のクラスの担任は、本来担任がやる業務をクラス委員に押し付けているせいかクラスの提出物の確認など仕事が多い。本人曰く、生徒に自治を与えているだけといっているが、ただ単に面倒なだけだと思っているのはクラスの総意であろう。

「そういってくれるとありがたいな。じゃあ、とりあえず相談の方を進めようか。」

その言葉を聞いて、僕は名簿にチェックを入れていたペンを置いた。

ちなみに、顔には出していない(と信じたい)が少しぎこちなさがあるものの、特に目立った変化はなく話せていることにほっとしていた。

そのせいで返事が遅れたが、もともと返事を聞く前に話し始める予定だったのか纐纈は問題なく話を進めた。

「えーと、もうこのクラスも終わりになってしまうから最後に何かイベントをやりたいと思っているんだけどどうかな?」

纐纈はイベントと言っているが、具体的な言い方をすれば、残り1回のホームルームを何に使おうかという話だった。

「いいと思うよ。確か…」

その言葉を聞いて、僕は書類の中からホームルームの申請用紙を取り出した。実は担任の先生がいつのまにか体育館をとっておいてくれたのだ。

普段の業務はやらないくせにこういったことだけは手が早い。まあ、今回はそのおかげで助かっているのだけれども。

「体育館をとってくれたんだっけ?」

僕の手元の書類をいいながら、纐纈が言った。疑問形だが確認の意図以上にはないと判断してそのまま話を進めた。

「うん。やっぱり、この人数だとバレーかバスケがいいかなぁ。」

「スポーツがいいのかな?理想としてはみんなでできるゲームか何かがいいけど…そういえば、この前アンケート取ったら映画が見たいって言ってたよね?」

「そういえば、そうだったね。じゃあ、明日の帰りにでも何を見たいかアンケートを取って、上映しようか。」

「それがいいかも。じゃあ…」

そういって、候補となる映画を出そうとするが、僕も纐纈もいいタイトルが浮かばなかった。

正直、映画はあまり興味が無いので確認していないのだ。それは高潔も同じだった。

「…思いつかないね。」

「うん…。宗くん、このあと時間ある?」

「まだ作業するつもりだったから、大丈夫だよ。」

「じゃあ、このあとこのままレンタルDVDショップにいかない?そこで相談すれば早いかなって。」

「そうだね。あ…、ちょっとまってね。」

一応同意を示したものの、佳音が待っているかもしれないと思ってメールを送った。

『今日、クラス委員の仕事で遅くなるから先に帰ってていいよ。』

送って1分もしないうちにメールが帰ってきた。

『今日は、先に帰ってたから大丈夫☆ 帰ってきたら教えてね。』

僕はこの返事に満足して、纐纈にいけることを伝えた。



ほぼ同じ時刻。図書室から悩みながら歩いている生徒がいた。

といっても、佳音しかいないのだが。

彼女は、携帯を見つめながらため息をついていた。

(あーあ、嘘ついちゃったな。多分、クラス委員の仕事ってことは、宗が好きなあの子と一緒にいるってことだよね…素直に図書室にいるからって伝えるべきだったのかな?

いや、そんなことしたら宗のことだから仕事を切り上げてでも、一緒に帰ろうと言うはず。仕事の邪魔はしたくない。いつも一緒にいるから…迷惑かもしれないし。)

そんな永遠ループの中に彼女ははまっていた。

普段はかなり本心に素直なように見えるのだが、それは彼女なりの考えた結果であって、本来は宗にどう思われているのか、宗が好きだと言っている彼女と何をしているのだろうと不安でいっぱいであった。

このあたりは彼女も等身大の高校生、いや逆に頭が回るが故にいろいろなパターンを思いついてしまって普通の高校生よりも悩みが多いのだから、普通の高校生よりも悩み深いのだった。



「纐纈、この作品なんてどうかな?」

「うーん、ちょっと興味層が女子に傾き過ぎかもしれないけど、候補としていいかもしれないね。」

今いるのは、学校から2駅程行ったところにある大型のDVDレンタルショップ。

先ほど話したとおり、明日提案する予定のタイトルを探しているのだった。

纐纈の手元には、タイトルと内容に関するメモが描かれたノートがある。だが、そのうち半分ほどは線で文字が消されていた。

とりあえず、見つけたものを書いていっては2人で相談して行って、高校生にふさわしいのか、長さが適当か、などいくつかの条件を照らしていき候補から外れたものを消しているのだった。

幸い、候補作は5、6個にまで絞れてきている。だが、この店に来てから小1時間はたっているので、それが早いのか遅いのかは判断がつかなかった。

「そろそろ切り上げない?」

僕が軽い疲労と空腹を感じてそう尋ねると纐纈も同意をしてくれた。やはり疲れているのは纐纈もおなじだったようだ。

「このあたりで軽く食べて帰らない?」

「いいわね。じゃあ、このあたりでお気に入りの喫茶店があるのだけれどもそこでもいい?」

もちろん、僕に否定する要素はなかった。


案内された店は、どちらかというとファミレスといったよりはバーに近い雰囲気の店だった。

「この店は落ち着いて話ができるからお気に入りなの。気に入ってくれた?」

ひと通り食事をしてから(映画についての話は食べながらしてしまった)話題転換として彼女はそう切り上げた。

「うん、気に入った。今度、佳音もさそってきてみようかな。」

つい何気無くでた僕の言葉だったが、どこかに気の触る部分があったのか一瞬だけ彼女の目に不満の色が映った気がした。

だが、一瞬のことでそれが見間違いだったのかどうかは判断がつかなかったが。

「そういえば、昨日のことなんだけど…。」

お気に入り云々の話は本当に話題転換の意図だったらしく、早々に本題に移った。

「泣き出してしまってすいませんでした。」

だが、敬語で話されるとは予想外だった。

「いやいや、僕こそ急に…告白してしまってごめんね。お返しをするだけに留めておけばよかったのに、迷惑をかけちゃったかな。」

「そんなことない!迷惑なんてとんでもない…お返しのクッキー美味しかった。」

「それならよかった。もし無理だったらいいんだけれど、涙の理由を聞いてもいい?気になってしまって。」

僕の言葉に固まる纐纈。さすがに疎かったかな…と思っていると

「いえ、まさかお返しがもらえると思ってなかったので、嬉しくて。

恋人がいるのに、バレンタインデーでチョコなんて渡してしまってまずかったかなと思っていたから。」

「恋人ってもしかして、佳音のこと?この際だから言っておくけど、佳音と僕は付き合ってないよ。

いろいろと事情があっていつも一緒にいるけど。」

僕の言葉に纐纈は信じられないといった顔をしながら、言った。

「…そうなんですか?四六時中一緒にいるように見えるので、てっきり照れ隠しかと。クラスのみんなもそう思ってますよ。」

「まあ、あれならそう思われても仕方が無いかな。」

いつもの行動を思い浮かべて苦笑する僕につられて、纐纈も笑った。

「事情というのがわからないので余計なお世話なのかもしれないのですが、彼女と行動を共にしないという選択肢はないのですか?」

と纐纈はなぜか希望の色を目に浮かべて言った。僕が拘束されてると思って正義感でいってくれたのだろう。

「そういうわけにはいかないんだよね。まあ、あいつの話はこれぐらいにしない?

とりあえず、僕の気持ちには応じてもらえないんだよね?」

その時になって、やっと話したい本題からずれていることに気づいたらしく、輝かせていた目を抑えて、少し残念そうな表情で言った。

「…はい。ごめんなさい。」

「一応確認をとっただけだから大丈夫だよ。できればこれからも今まで通り接してくれると嬉しいんだけどダメかな?」

「全然問題ないです。これからも友達としてよろしくお願いします。」

友達の部分に強いイントネーションが合った気がしたが、気にしないほうが互いに幸せだろうと感じて僕もありがとうと言った。

その時、携帯のバイブレーションがなった。

「あ、ちょっとごめんね。」

僕は、纐纈に断りを入れて一旦店から出る。電話は予想通り佳音だった。(親には連絡がいれてあるので、電話がかかってくることはまず無いだろうという読みだ。)

『宗、かなり遅くない?部屋に行ってもいないから電話かけちゃった。』

「今外食してるんだ。もうすぐ帰るよ。なんか用があった?」

『あ…別に急用があるわけじゃないんだけど…ちょっと心配になって。』

「まあ、夜話すことが日課になってるから、違和感を感じるのもしょうがないか。

心配書けてごめん。もう帰るから。」

『あ、そう、そうなの。じゃあ、待ってるね。』

なんであんなに慌てているのだろうと疑問に思いながらも、電話を切って纐纈の元に戻った。

「電話かな?」

「うん。佳音から、早く帰れと言われてしまって。

まあ、もう遅いしそろそろ帰らない?」

「…うん。そうだね。」

少々腑に落ちない面があったのか、ちょっと渋った彼女だったが、ふと思いついたようにこう言った。

「あ、私、親に迎えに来てもらうからまだここにいるよ。」

「わかった。じゃあ、また明日。今日はありがとう。」

僕はそう言って、会計を済ませたあと店を出て駅に向かった。

外は、もうすぐ春のはずなのになぜか寒かった。



「マスター、今の話を聞いてどう思います?」

纐纈は、テーブルからカウンターへと席を変えて、店のマスターに話しかけた。

目の前には、ノンアルコール…が理想であろうが、彼女が飲んでいるのはチューハイだった。

「どうってねぇ…ただ淡白な友達よね。」

「ええ。本当に私のことが好きなのかな?って疑いたくなります。言葉の節々にあの子の名前が出てくるし…私みたいな頭の悪い子は嫌いなのかな?

学力じゃ絶対に勝てないし…。先生との約束守りたくないし…どうしたらいいの…。」

彼女はそうつぶやいて、カウンターの前で潰れてしまった。チューハイのアルコールで潰れてしまうとは、お酒に飲みなれない高校生らしい微笑ましさだった。(高校生にお酒を飲ませること自体が問題なのだが。)

マスターは手馴れたように、彼女の携帯を取り出して彼女の親に電話をかけた。

こうして、彼女の嘘は意図しない所で本当へとすりかわったのだった。


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