第23話「約束の日」
一人しかいない部屋。そこに1つの携帯が鳴り響いた。
その相手すら見ずに着信に出る。
『もう、時間がないぞ。』
電話の相手はかけて早々そんなことを言った。
「わかってますよ。今日は約束の日ですから。」
『準備はできてるのか?』
「ええ。今から一人で提出しに行こうと思っていたところです。
まあ、確認の電話が来るだろうと思って待ってましたが。」
『それなら問題ない。長い約束だったな。』
「そうですね。ですが、努力はやっとココで終わりそうです。」
『…こちらの約束さえ守っていただけたら私達は何もしない。それはわかっているな?』
「わかってます。むしろ、守ってもらわなければ人生を投げ出した意味がないですから。」
『人生を投げ出したとはまた極端な…。それでは健闘を祈っている。』
「はい。お迎えよろしくお願いします。」
それだけ言って電話を切る。
携帯を鞄にしまって、スクールバックを持つ。その量は普段学校に行く量と大差ない。
けれども、本来ならば必要のない1枚の書類を彼は鞄にしまう。
それは、「退学届」だった。
「な…何を考えているんだ!」
受け取った書類を見て担任は叫ぶ。けれども、彼は全く動じなかった。
「そこに書いてあるとおり家庭の事情ということでお願いします。」
「しかし…君はわが校に推薦で入ってきているんだ。すぐには受理できない。」
「それは…困りますね。できれば、この場で受理していただかないと。」
「そもそも、何が原因なんだ?出来れば聞きたくないところだが、お金では無いはずだ。友達関係でもないはずだ。となると…」
「先生、『家庭の事情』だと申し上げたはずですが。」
彼は特に声を張り上げたわけではない。ただ繰り返された言葉に担任の方が言い淀んでしまった。
「…とにかく、事情が事情だ。校長と話し合って決めさせてもらう。それまでは保留だ。」
「わかりました。受理されることを祈ってます。」
そう言って踵を返す彼に担任の方が調子を崩されてしまいそうになる。
「ちょ…ちょっと待て!この学校を辞めて一体何の宛があるというんだ?」
「…ちょっとした知り合いにつてがあるんです。そちらでこれからは過ごしていこうと思っています。それでは。」
これ以上は語らない。そんな無言の意思表示をしながら、彼は門を出る。
8月30日。夏休み終了2日前の出来事だった。
その異変にはすぐに気づいた。
むしろ、気づかずにはいられなかった。
「宗ちゃん?」
佳音にしては珍しく恐る恐るといった様子で宗の部屋に入る。
この侵入だって彼女には珍しくかなり迷った結果なのだ。
第一の問題は「宗が電話にでない」ということだった。今までの経験上、宗が佳音の電話に何らかのアクションを返さなかったことはない。たとえ寝ていても、メールなりかけ直してくるなり、何らかの返事があった。
けれども、3時間たっても電話が帰ってこない。メールを3通も送ったがそれも受け取られなかった。
返信が帰ってこないのではなく「受け取られなかった」。それは本来ならば、ありえないことだ。
確かにメールアドレスを変更したならば、ありえるだろう。けれども、そのあとかけた電話から返ってきたものは「使われていない」という機械的なメッセージだけだった。
明らかにおかしい。
こんなことが起こるのは携帯そのものを解約した時ぐらいだろう。そう思って、宗の部屋にやってきた佳音だったが、
(綺麗すぎる…。)
一歩踏み入れただけでその違和感を感じ取った。
元々、宗は綺麗好きな方だ。部屋もかなり整理整頓されている方だろう。
けれども、今感じ取った「綺麗」はそういったものとは異質だ。本来ならばあるべきものがそこにない。そういった意味での「綺麗」だった。
上げていくならば、ノートパソコン、タブレット、日記、そして…写真。
持ち出すはずの無い品々。けれども、それらは綺麗になくなっていた。特に写真は比じゃないだろう。アルバムに入っているだけで相当な重さと場所をとるはずだった。
(何かがおかしい。盗まれたにしては…いや、そもそも写真を盗む意味が無い。)
となると、考えられるのは宗本人。けれども、その宗本人が見当たらない。
そんなことを思っていると下からドタバタとした足音が響く。
「佳音ちゃん!」
ドアを急に開けたのは宗の母親だった。だが、その血相は普段の日じゃないほど変わっていた。
「これを、これを見て!」
宗のお母さんが佳音に見せたもの。それは…
「やりたいことがあるので一人で生きていくことにします。
学校は辞めました。すいません。 宗」
そんな宗直筆の置き手紙だった。
「え……?」
疑問が言葉にならない。けれども、その筆跡は見間違えること無い宗の筆跡だった。
「佳音ちゃん、なにか知ってる!?」
「いえ…知りません。これは一体…。」
「やっぱり、佳音ちゃんでも知らないのね。どうしてこんなことを…。」
「…とりあえず、学校に言ってみます。学校をやめたということが本当かどうか確認してみないと。」
「そうね…。お願いできる?」
「もちろんです!」
その後の返事も聞かずに佳音は部屋を出る。そのまま、制服に着替えることもせずに駅に向かった。
普段2人で通っている電車の中。今はその時間が何よりの苦痛だった。
(宗ちゃん…どういうことなの?)
その言葉に対する明確な答えは本人でなければ答えられない。けれども、自問自答せざるをえなかった。
駅についてすぐに走り出す。一秒でも早く確認したいという気持ちが佳音の心の中を占めていた。
「先生!」
職員室前まで行って担任の姿を見つけた佳音。だが、先生の顔には明らかに戸惑いの色が見え隠れしていた。
「佳音さん…宗くんのことですよね?」
「はい!宗ちゃんが退学したって本当ですか!?」
「…本当です。ほんの1時間前に本人から退学届を受け取りました。」
「そんな…。」
嘘かもしれない。佳音はそんな希望が崩れていくのを感じた。
「幸い、学校側が承認するには時間がかかります。それまでに引き止めることが出来れば復学も可能だと思うのですが。」
その言葉に返事は帰って来なかった。
かわりに聞こえたのはドサッという鈍い音。人が床に倒れこんだ音だった。
「大丈夫ですか!?しっかりして下さい!」
先生の慌てた声が職員室の廊下に響く。けれども、それは佳音の意識には届かなかった。
長らくおまたせしました。4章開始です。
テーマとして段々とストーリーの規模を大きくすることを目標にしています。
1章が2人、2,3章が4人という比較的少ない人数の中で物語を完結させるように心がけてきたのですが、僕の意図通り受け取っていただけましたでしょうか。
4章はその規模をもっと広げるつもりです。そのおかげで1話から謎展開になっている気がしますが。
5章については未定ですが、4章は概要がもう決まっています。
できるだけ早くあげられるように努力していきますのでよろしくお願いします。
P.S.
実は3章と4章の間に1つ短編を予定していたのですが、そのデータをUSBごと紛失してしまいました。
現在捜索中ですので、見つけ次第割り込みで上げていきたいと思っています。
…割り込みだと気づいてもらえない事が多くてあまり良い手法じゃないんですけどね。




