第2話「いつもの登校風景」
「佳音。学校行くぞ。」
「あー、ちょっとまって。今降りるから。」
今は、朝の7時半。電車で3,40分かかるので、この時間には出ないと学校に遅刻してしまう。
ちなみに、佳音と一緒に通っているが最初は別々に通うことを望んだ。
しかし、度重なる佳音の反対と、一緒に行かなかった時の不機嫌さに負けて最近ではいっしょに行くことが当たり前になってしまった。
それにしても、起こるにもかかわらず迎えに来てもらうとはどういうことなのだろうか。
「宗くん。いつも迎えに来てもらってごめんね。」
玄関で待ってると、佳音のお母さんが話しかけてきてくれた。
「いえいえ。もういつものことなんで。」
「一応、娘のはずなんだけどねぇ。」
困ったような顔をしながら、佳音のお母さんは言った。
いくら1年が立っているとはいえ、違和感なく娘の言い切るところには順応性の高さに驚かずにはいられない。
いや、一応という部分には、男子だったという気持ちも含まれているのだろうか。
そんなことを考えているうちに、制服姿の佳音が降りてきた。
「宗ちゃん、おはよう。」
「おはよう。じゃあ、行くぞ。それじゃあ、行ってきます。」
前半は佳音に、後半は佳音のお母さんに向けて言った。
「いってらっしゃい。佳音、宗くんに迷惑かけないようにね。」
僕達は、お母さんの見送りを受けて出発した。
「あ、宗。お弁当。」
駅まで歩いている途中で、思い出したように佳音は言った。
そうして、組んでいた腕を名残惜しそうにといて、お弁当を取り出した。
できればそんなことよりも自然に腕を組んでいることに違和感を持って欲しい。
「いつもありがとう。」
だが、そんなことはおくびにも出さずにお礼を言いながら、僕は受け取った。
実はいつも迎えに行って、面倒をみて、尚且つ佳音を守って(この部分に関しては正直いらない気もする)くれているので何か代わりにしてあげたいという佳音のお母さんの好意で毎日弁当をつくってもらっているのだ。
これが、佳音の手作りだったら、お礼としていうことはないのだが、朝迎えに来てもらっているようでは期待するだけ無駄だろう。
僕が弁当を受け取ったとみるや、また腕を組む佳音。
「佳音、さすがに腕を組むのはやめよう。周りからの目がすごく痛い。」
実際は、周りに人は殆どおらず、痛みは感じないのだがこのあと感じることになるので嘘はいっていない。
「嫌。なんで彼氏の腕をくんじゃいけないの?」
しかしながら、まともに話を聞いてくれたことなど無い。というか、開き直られてた。
「彼氏じゃないだろ。まあ、いつもどおり駅までだからな。」
「うん!」
僕の妥協案に笑顔で頷く佳音。どうしてそんなに嬉しいのだろうか、未だに謎だ。
いや、認めたくないだけなのかもしれないけど。
僕の言った通り、佳音は駅についた時点で腕組を解いてくれた。
その後、手を握ろうとしたが僕は事前に察知して避けた。これを許してしまうと学校につくまで離さないので困る。
僕が避けたことに少し不満を買おに出した佳音だったが、さすがに手を握るのは諦めたのかおとなしくついてきた。
クラスに付く前に別れたいところだが(欲を言うなら学校に付く前に)それは1年間登校して既に諦めている。
幸い、まだ生徒の少ない時間帯を選んで学校に来ているので、注目をあびることは少ない。
最も(宗にとっては不幸なことだが)今更2人が一緒に登校した程度では驚く人は少ないのだが。
そんな嫌な事実から目をそむけるようにしてクラスに入った。
当然のように後ろからついてくる佳音。
僕がクラス委員で一緒に帰れない日が多くなってから(といっても、半分ぐらいの確率でどこかで暇を潰しては一緒にかえろうとしているみたいだが)は朝、予鈴がなるまでは僕と話しているようになった。
そういえば、少し前に僕以外の交友関係について聞いたことがある。
だが、心配に及ばずクラスにも溶け込んでいるらしく、中のいい友達も何人もいるらしい。
さすがに性転換について話せるレベルの親友はいないみたいだが。
「そういや、佳音。テスト勉強はいいのか?…って不必要な話題だったか。」
「自惚れるつもりはないけど、とりあえず宗に心配されるようなことはないよ。むしろ、いつ勉強会をするかって相談をしなきゃ。」
残念ながら(今までの流れを考えたら当たり前だが)佳音に勉強で勝てることはない。
毎回、教えてもらっているのが実情だ。それによって、ある程度の偏差値を持っているはずのこの高校で僕が上位をとれているのだから、教える技術は高いのだろう。
佳音の順位については言うまでもない。(ちなみに、あまりにも差がつきすぎて順位から外すべきでは?という職員会議がひらかれたとかなんとか。非常識にも程がある、先生ではなく佳音の方が。)
余談だが、3月の半ばを超えたこの時期にテストの話をするのは、この高校のテストが変則的で学年末が終業式の3日前から始まるからだった。
どうも、私立であるが故に先生が答え合わせをせずに機械である程度自動化させながら答え合わせをするために、直前にやっても大して弊害にならず、むしろテスト範囲をギリギリまで広げられるということらしい。お金をかけているが故にできることだった。
「とりあえず、今日は委員の仕事があるから、明日の帰りからお願いしていいか?」
「もちろん。なんなら、今日泊まりこみで教えようか?」
「来なくていい。むしろ、別の意図がありそうで怖い。」
「ちっ…バレたか。」
わざとらしく悪態をつく佳音を横目にクラスに目を向ける。
すると、纐纈と目が合った。どうも、こっちを見ていたらしい。
挨拶をしようと手をあげようとするものの、その前に目をそらされてしまった。どうせ、今日話さなくてはいけないのにここまで露骨に避けられると、とても傷つく。
そんなことを考えているうちに、朝のホームルーム5分前を示すチャイム(まあ、予鈴なんだけど)がなった。
「お、なっちゃった。宗、じゃあね。」
「ああ。」
佳音はスキップ気味のまま教室に向かった。何がそんなに嬉しいのだろうか。
佳音が離れたと見るや、2人の男子が僕のもとにやってきた。これが僕に喧嘩を売りに来たというならすごく怖い話だが、そんなわけもなくただ単に仲のいい友だちが、からかいにきただけだった。
「宗、朝からモテモテだねぇ。」
「ホントだわ。どうして付き合ってるのを否定するんだ?」
「モテモテっていつの死語だよ…。」
モテモテという言葉には反応したものの、交際を否定していることに関しては、深い事情(主に中学の佳音のイメージ抜け切れない)が関わってくるのであえてコメントしなかった。
「死語でも、君たちを見ていると言いたくなるもんだねぇ。」
「いつもなら、こいつの言葉に同意しないのだが、今日に関しては珍しく同意の意を示そう。」
どうして、こうも逆の口調と思想を持つ2人が仲が良くて、さらに2人と僕が仲がいいのかは少々謎の所がある。
まあ、流れで仲良くなったと言うか、波長が合ったということにしておこう。
2人含めて、ほかのクラスメイトなどからも妬みの意思は感じず、ただからからかおうという意思や好奇心のみが感じるのは、宗にとってもありがたいところだった。
とはいっても、現状は妬みのイメージを持つ人とはあったことがないのだが。(ここまで公然と見せびらかしていると妬みを表に出そうということすらためらうという事実に宗は気づいていなかった。)
「おい、みんな座れ。」
先ほどのチャイムが5分前を示していた上に、その後に話していたのだ。先生が来てもおかしくない時間だった。
その声を聞いて、自分の席に戻っていく2人。
その時、僕は先生の号令を聞きながら、今日のクラス委員の仕事をどうしようかと考えていた。
仕事内容よりも彼女と、どう接していくかと言う意味で。