第16話「出発前夜」
思いつきで計画された合宿もその後、かなり現実味を帯びてきた。具体的には、佳音によって。
佳音はあの後、場所の候補から選定まで計画に関することをすべて行った。
その中には時期的に多少無茶なものもあり、そういったものは横のつながりを有効活用してどうにかしたらしい。
日付は、7月の終わり。夏休み入ってすぐだ。
その前に学生恒例の定期テストが待っているのだが…僕にとってそんなに辛いものでもなかった。
元々、勉強が嫌いというわけでもない。この学校に入ったのはコネ(みたいなもの)を使ったからだが、その後の授業で十分周りについていけるだけのレベルは維持している。
そんな理由もあるのだが、テストが苦にならないもう1つの理由が…。
「宗ちゃん。テストどうだった?」
こいつ、佳音だ。
「まあ、教えてもらった範囲は頭に入ってたからな。7割ぐらいはいけるんじゃないか?」
「それならいいね。私の結果聞く?」
「聞かなくても大体わかるよ。」
「えへへ…。」
僕の言葉に照れた様子を見せる佳音。僕が嫌味で言っているという考えはさらさら無いらしい。(まあ、嫌味ではないのだが。)
基本的に、テスト前になると毎回佳音に勉強を教えてもらっている。そのおかげもあって、テストだけ見るとクラス上位にいたりする。
そして、そんなイベントを終えると、遂に夏休み。合宿開始だ。
「やっと用意がおわったな。」
「意外と時間がかかったね。」
合宿出発前夜。互いに自分の荷物を詰め終わった宗と佳音はいつもの如く、ベットの上で2人で座っていた。
目の前においてあるボストンバッグ2つ。これも実は一騒動あった。
佳音は、宗と1つのバックでいいと言いはったのだ。量的にはそれでいいのかもしれないが、モラルとか考えるとあまりよろしくない。
最終的には、1日目の部屋が違うということで、渋々納得してもらえたが。
「明日楽しみだね、宗ちゃん。」
「ああ。まさかこの4人で行けるとはな。」
これは本心だった。まさか、このメンバーでの交流がここまで深くなるとは予想してなかった。
「うん。あかりも翔也くんもすごくいい友達になったよね。」
「運が良かったな。そういや、あの2人と交流始まってからおまえ、安定するようになったよな。」
あえて目的語を抜いた言葉。だが、それが何を指しているのかわからないわけがなかった。
「うん。やっぱり、あの2人が精神安定剤になってるのかな?」
「そうかもな。うーん、取り留めのない推測だが、理由聞くか?」
「うん、聞かせて。」
「去年の3月の事例と違うのは、やっぱり佳音が信頼してるかってところじゃないかなって思ってる。
それまでは、僕の交友関係に触れてなかったから、それがどんな人かどんな気持ちでいるのかといったところが想像できずに怖くなって不安定になった。
去年の3学期ぐらいから不安定さが増してきたのはそうじゃないかなって。
で、翔也とあかりに関しては、佳音自身が信頼してるから、そこに心配する必要がない。むしろ、楽しいって感じるから今までよりストレスを感じなくなってるんじゃないかな。
その傾向として、4月の時以来、幼児退行が激変してるように感じるな。大分安定してるよ。」
「なるほど。それなら納得かな。つまり、良い影響がたくさんあったってことだね。」
「ああ。もう僕が精神安定剤としてそばにいなくてもいいかな?」
宗にとっては、軽い冗談。だが、佳音にとってはそうは取れなかったらしい。
「え!宗ちゃん、いなくならないよね!?」
「冗談だって。おまえのそばから離れたりしないよ。」
(今は…ね。)
そう心の中で付け足した宗の言葉は、もちろん佳音には伝わらなかった。
「よかったぁ…。ちょっと心配したんだよ。」
「その依存はどうにかするべきだとは思うけどな。」
「むぅ…宗ちゃんのいじわる…。そんなこと言ったら、2年前の出来事から反省しなきゃいけなくなるよ?」
「そこまで、遡ろうとはしてないさ。ただ、成長の1つとしてそういった傾向もあるといいなと思っただけだよ。」
「う…なんか、今日の宗ちゃんは辛辣に感じちゃうね。」
「お前を心配してるだけだって。」
そう言って、前にいる佳音を抱きしめる宗。その行動だけで佳音はご満悦だった。
「そういえばさ、今回の合宿だけど、翔也くんとあかりの関係って近くならないかな?」
これも、わかりにくいが一種の照れ隠しなのだろうか。ただ単に色恋沙汰のうわさをしたいだけかもしれないけれども。
そういった事情を抜きにしても、この質問は答えにくいものだった。両方ともの意図を知ってる身としては。
「うーん、最終日に何があるかだな。まあ、何もないんじゃないか?」
「そんなことない…って思いたいよ。やっぱり、あかりちゃんを応援したいもん。」
「まあ、あとは翔也の意図次第か。」
ちなみに、よっぽどのことがないと受け入れられないだろうと踏んでいる。そして、それはあかりにもわかってるはずだ。
「きっと翔也くんなら受け止めてくれるよ。そう信じてる。」
そして、2人の思惑どころか、あかりのアプローチに翔也が気づいていながら、返事を出していないことにも気づいていない佳音の軽い希望。
「そうだな。」
気づいている裏事情に気づいてないふりをしながら、同意を返す宗。
何らかの形で、動きがあってもおかしくない。この時の宗はそんなことを思っていた。
同時刻。
同じく用意を終わらせながらも、楽しみで寝れない人もいた。
実は眠れないのはあかりも同じだったが、今ここにいるのは翔也だ。
彼は、珍しくフリルのついたパジャマを来て、ベットに潜っていた。一応、翔也の弁明のために言っておくと、本人が選んだわけではなく親にこれしか無いと言われてしまった結果だ。全く違和感がないのは仕方がないと言うべきか。
閑話休題。
今の彼には1つの決意がにじみ出ていた。
(佳音さんに告白する!)
そのタイミングが訪れるのは、2日目の自由行動中。昼間というアドバンテージで告白するタイミングはきっとあるはず…と思っていた。
佳音の彼氏である宗がいるということは今まで、彼に告白させないという抑止力になっていた。
しかし、このままでいるのも意味が無いと感じていた。
告白しよう。たとえ、断られたとしても。
彼がそう考えたのは、かなりの心境の変化だといえよう。彼だって、今のこの関係を崩すのは嫌だった。この空気はとても好きでかけがえのないもの。
けれども、そのために自分の気持ちをなおざりにしていいとは思っていない。このあたりは、あかりと根本的に違うところだった。
4人、それぞれの思うところを持ちながら、2泊3日の合宿は幕を開けた。