第9話「サポート」
「もしかしたら、私みたいな人がいるかもしれない。」
そう佳音が言い出したのは、もうすぐ学校が始まるという春休みの後半だった。
「ん?どういうことだ?」
「だから、やっぱり私みたいな精神的な病を抱えてる場合って不安定になっちゃうじゃん?
それをサポートするべきかなと思って。私は宗がいたから良かったけど、そうじゃない人のほうが多数だろうから。」
「多数も何も、まずいないんじゃないか?そんなに行動的な人は少ないと思うぞ。」
「それは、今から調べるってことで。」
そんなことを言いながら、おもむろに携帯を取り出す佳音。もう嫌な予感しかしない。
やはり、こういう時の予感は当たるのか実際高校生には…というより、人間としてまずいことをやった。
まず、佳音がかけた先はいつも使っている研究所の1つ。
そこから精神関係の研究がしたいから、そのデータが欲しい。
特に臨床関係のデータが欲しいので今から1年以内にこのあたりで行った手術に関するデータが欲しいと。
こんなことを軽く言い放つ佳音も佳音だが、それを許可してしまった研究所の人には、小一時間問い詰めたい。
頭がいいとはいえ、こんなに行動的で何をやらかすかわからない人に権利をもたせるなと。
そんなことを思っているうちに佳音はもう一箇所のところに連絡を入れ終わったらしい。
「今度はどこにかけたんだ?」
「高校の職員室。もっと言うなら、校長への直通電話。」
「あえて聞くけど…なんで?」
「もちろん、新入生の名簿を手に入れるためだよ。
新入生の名前がわからなかったら、どうやってサポートするの?」
「…いや…もういいや。」
佳音の行動に反対意見を述べるのも諦めた僕。もうなるようになれだ。
それから、1時間ほどすると学校側と研究所側からそれぞれ名簿が届く。
研究所に至っては、病院から持ってきたと思われるカルテの電子化データ。個人情報なんてなかったのか。
佳音は僕の部屋に持ち込んであるタブレット(本人曰く、ノートPCより使いやすいから常に僕の部屋に置いといてと言われた)を操作して、そのデータから重複するデータを探した。
新入生は大体500人弱。それに対して、カルテは5000人分をゆうに超える。
さすがの佳音も時間がかかったのか、さらに1時間ほどタブレットを操作していた。
こうなった佳音は僕の話も聞かない。完全に研究者モードだ。
そういや、あの時以来、必要以上に行動的になったなぁ。
僕が、償いなんて言ってしまったからだろうか。
確かにあれから1週間ほどはさすがにショックが大きかったのか覇気がなかった。
ただ、それも必要な期間だと思っていた僕は佳音を甘やかすことしかしてなかった気がする。
そして、さすがに必要だと思って連れていった外出。
それ以来、今のテンションまで上がってるように感じる。
…たまに目を腫らしてることがあるのは、佳音なりに踏ん切りがつかないところもあるのだろうか。
盲目的だったとはいえ、本来の佳音だったらやらないような方法だったはずだ。
僕に頼らない反省をしてくれているなら、僕の説得のかいもあったのかな?
そんな僕のとめどない思考は佳音の叫びによって中断された。
「いた!」
「まじで?」
僕は、反射的に答えてしまう。佳音が特例みたいなもので、まさかいるとは思っていなかったからだ。
それは佳音も同じだったようで、その顔から驚きの色が抜けきれてない。どこかで、ありえないと思っていたからだろう。
「これこれ!」
佳音が見せてくれたタブレット画面に写るカルテ。
そこには、中学まで女子で過ごしていた生徒が男子になった治療の事がかかれていた。
性別の逆はあるとはいえ、完全に佳音の逆の事象だった。
「本当にいたのか…。」
下に表示されている名簿と名前が一致していることから、本当に入学するのだろう。
ただ、その理由は佳音とは比べ物にならないほどみるに耐えないものだった。
「患者名は『国枝 翔子』。治療後は、名前を『翔也』と改めている。
患者は、中学の頃にこの疾病を原因とするいじめを受けていた。
もともと、体も小さめで可愛らしいという印象を与えるようだったが、自分のことを伝えようと近くの友達に伝えたところ拒絶。
それ以来学校中に広まってしまい、いじめの対象に。
中学2年生の途中から、不登校気味に。それから、中学3年生の間もほとんどクラスに行かず。
中学3年生の春頃からこの疾病について相談。半年の診察の末、過去の例なども考え高校から男性として過ごすことは合理的と判断。
中学3年生の夏に、大規模な手術を行い、それ以降はホルモン治療などを行いながら、本人の意向を確認中。
高校は、成功例などからいくつか選定をした上で…」
これ以降は、読まなかった。というか、読まなくてもわかる。
それよりも…
「理由が…重いな。」
「うん…。いじめは予想外だったけど、ある意味で公開したらそうなっちゃうね。
私って、かなり運が良かったのかも。」
「かもじゃなくて、運が良かった部類に含めていいだろ。
今のところ僕と一部のお前の友達にしか話してないんだろ?」
「うん。伝えるのはかなり悩んだけど、1年近くも一緒にいてきっと大丈夫だろうって思ったから。
幸い、ちゃんと受け止めてくれる友だちだったからよかったものの、もしも拒絶されてたら同じようなことになってたかも。」
「そう考えると笑えないな。というか、この成功例って」
「まず確実に私だね。担当医師が一緒だから。確かにトラブルも…は嘘だけど、とりあえず女子になったことによるいじめなんかは起きてないから成功例っていってもおかしくないのかも。」
「そういった言われ方をするのは、つらくないのか?」
「うーん、何も感じないかと聞かれるとそういうわけじゃないけど、元々が研究者体質だから。
こういった仕事に関わってるとわかるけど、本格的に個人情報なんてあってないようなものだって感じるから。」
「ああ、それは今日のお前の行動でよくわかった。
で、ここまで個人情報を侵しておいて、それはどうやって活かすんだ?
まさか、学校に伝えたりしないよな?」
「そんなことじゃ、中学の時の二の舞だね。
きっと、この子は怯えてるはず。同級生に対する対人恐怖症と言い換えてもいいかもしれないね。
だから私達がサポートするべきだと思う。」
「具体的にはどうするんだよ。」
この僕の質問に佳音は勝ち誇った顔で言い切った。
「もちろん、私達が居場所を作ってあげるんだよ。同好会設立!」
この宣言が、生徒に公表されない僕達4人の同好会の皮切りだった。
第2章開幕です。
第1章部分が、2人でのやり取りが基本だったのに対して今度は最後の文の通り4人をベースに進んでいきます。
とりあえず、構想がねってある設立までは書いていきたいと思います。
感想、ポイントくれると嬉しいです。
お気に入り3件が地味に心に響きます…。
同時に、評価ポイントつけていただいた方もあわせてお礼を言いたいと思います。
ありがとうございます。
(4/5追記)
カルテのところに名前を追加。