SS2「IF:逆の立場」
(たまには、こんなことをしてもいいよ…ね。)
佳音はシャープペンから手を離してため息をつく。
なんでこんなものを書いてしまったのだろう。そんな気持ちが佳音の中で渦巻いていた。
(まあ、宗ちゃんなら受け入れてくれるはず。)
そんな希望的観測を胸に、一人眠る少女がいた。
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それは、突然だった。
何気ない…というと、語弊がありそうだが、僕の中では日常とカウントできる登校は何故か崩れてしまった。
眼の前にいる謎の化け物のせいで。
「宗ちゃん!後ろに隠れてて。」
その化け物が出てきた瞬間、僕に甘えてきた佳音は人が変わったかのように真剣な表情になった。
その剣幕に疑問を挟むことすらできずに僕は佳音の後ろに隠れる。
「危ない!」
佳音はそう言うと、しゃがみ込んで手を地面につける。
それだけで、化物から発せられた火の塊は、壁にぶつかったように離散した。
刹那、次の攻撃が飛んでくるもののそれを佳音は僕を守りながら弾き続ける。
「宗ちゃん、一旦逃げよう。別に戦う必要性のある敵じゃない。」
その言葉は、佳音にとって何気ない言葉だったのだろう。単純に僕を守るために出た言葉なのかもしれない。
けれども、僕はその言葉に含まれていたある言葉に反応してしまった。
『敵』
佳音は、あれを敵だと言い切った。
それは佳音にとって初めて会ったものではないということ。
そして、佳音にとって敵対してるという判断ができるレベルで知っているということ。
それを僕が断片も知らなかったこと。
一瞬のうちにそれを思いついてしまって、僕は騒然とした。
「宗ちゃん!早く!」
「ああ。」
だから、佳音にせかされてもそのまま従うしかできなかった。
「もう追ってこないみたいだね。」
「だな。…って、そんなことわかるのか?さっきみたいに、急にでてくるかもしれないのに。」
言いながら自分が怖くなってくる。
こんな非常事態を受け入れかけている自分に。あれが存在すると認めている自分に。
「うん。よくわからないけど、気配がしないから。
いつもなら近くなったらわかるんだけど、最近は出てこなかった上に宗ちゃんにべったりだったから、気付かなかったね。」
僕に笑顔を向ける佳音。その笑顔を見ていると、先ほどまでの現象は嘘かのように感じる。
だが、これはまぎれもなく現実だった。
「そうか。おまえは、あれが何なのか知ってるのか?」
遂に僕は切り出してしまった。踏み込まなければよかった境界に。
「うーん、残念ながら確かなことは何もわからないよ。
ただ、あれは私を追ってくること。そして、何故か私にそれを撃退する力があること。
わかってるのはそれだけだよ。」
「そうか。まだまだ、情報不足で現実離れしてて…実感がわかないな。」
「それも、仕方がないと思うよ。私も最初は信じられなかった。」
「最初はってことは、前にもあったんだよな?いつからだ?」
「丁度、今年の4月ぐらいから。9月ぐらいに一度消えたんだけどね。」
「なるほど。条件が一切わからんな。おまえを襲おうとするのか?」
「ううん。それが違うんだよね。
何故か私には手を出さずに、私の回りにいる人に攻撃するんだよ。丁度、宗ちゃんのような人は、ターゲットだと思う。」
「どうも、納得がいかないな。それじゃあ、当面の質問をすると、学校どうする?
そろそろ向かわないと間に合わないぞ。」
「あっ!」
佳音は今更気づいたのか、時計を見て慌てた。
「まあ、いつ出てくるかわからないものを怖がってても仕方が無いな。とりあえず、学校に向かおうぜ。」
「う、うん。」
そう言って、僕の腕を組む佳音。その行動はいつも通りだったが、その表情はどこか硬かった。
僕の見込みは甘かった。あれにそんな知能があると思っていなかったのだ。
「宗ちゃん、私の後ろから絶対に動かないでね。」
そう言って、襲いかかってくる敵を止めるために壁をつくりだす佳音。だが、それは所詮防御に依存したもの。
埒があかないとはまさにこのことだった。
佳音の壁は1方向の平面上にしか展開できないらしく、横から同時に襲いかかってくる敵には無力だった。
「佳音、危ねぇよ!」
僕は、状況も顧みずに佳音の代わりに敵にぶつかる。だが、その時このことの重大さに気がづいたのだった。
「なっ!」
手元に持っているかばんで殴ったつもりだった。
だが、実際は逆。かばんのほうが粉々になっていた。教科書まで入ったかばんが。
「宗ちゃん!」
やっと佳音の手が開いたのか僕の方に壁を展開する。そのおかげで九死に一生を得たが、正直手詰まりだった。
「なんか手はないのか!?」
「一応、この壁を球場にして敵を補足すれば、どうにかなるかもしれない。でも、数が多すぎてそんな余裕が無いよ。」
ここにいる敵は3体。そのどれもが先ほどと同じ力を持っている。正直、抑えこむのが限界のようだった。
「なら、僕が囮になる。」
「え?ダメだよ!私が宗ちゃんを守…」
「そんなこと言ってる暇じゃない!」
佳音は何か言いたいような顔をしていたが、さすがに状況を理解したのか僕が囮になることに賛成した。
「こっちだ!」
言葉が通じるのかどうかはわからなかったが、佳音にタイミングを伝える意味も含めて敵に対して叫ぶ。
敵のターゲットが僕であることは本当だったのか、一目散に僕の方に向かってくる3体。そのうち、1体の1体に向かって佳音が攻撃する。
佳音の作りだした壁は建物の近くにいる敵に向かって撃たれる。その敵が2つの壁に挟まれて消滅した。
「え?倒せちゃった…。」
佳音はつい、呆然としてしまう。無意識のうちに壁に挟もうと考えてうったら本当に移動できたからである。
だが、その隙が一番の問題だった。宗は敵から逃げきれずに致命傷を追っていた。
「佳音!」
全身傷だらけになりながら、佳音の名を呼ぶ。この状況を打破できるのは彼女しかいなかったからだ。
その言葉で現状のひどさに気づいてすぐに宗のそばに向かう佳音。走りながら壁を使って宗を守ろうとするものの、作成場所のイメージが一致しないためうまくいかない。
そして、そのラグは最悪の状況を作りだした。
スパンという音が一番的確なのだろうか。傷だらけで避けられなくなった宗の腕を敵は切り落とした。宗の腕はまるでもともとなかったかのように粒子となって消えていく。
そして、敵はその腕の断面から宗に吸収されるかのように消えてしまった。
「え……そ、宗ちゃん!」
宗を助けるために走ってきた佳音はその場に立ちすくんでしまった。だが、すぐに宗のところに向かう。
だが、その願いは叶わなかった。佳音が触れようとした途端、宗は砂のように崩れ去ってしまったからだ。そして悪夢はそれだけで終わらなかった。
宗がいた場所から…厳密には宗の中から、無数の敵が出てきたのだ。その数はゆうに100を超える。
それらは周りに散っていき、近くにいた人に憑依する。そして、佳音を倒すために集まってくるのだった。
その時佳音はうずくまっていた。自分の周りにだけ壁を張って。
(宗ちゃんが…消えちゃった…これが、現実…?そんなの…そんなの……)
佳音の頭の中は、現実を直視したくないという気持ちと、どうしてこうなったんだろうという葛藤。それが佳音の心を覆い潰していた。
だが、現実はそう甘くない。人間にも正体不明の敵にも有効な壁も、数の暴力には勝てない。ついに佳音の張った防御壁は割られてしまい、攻めこまれてしまった。
一番近くにいた奴が佳音に持っていた荷物で殴りかかる。だが、その攻撃が効いたのは最初の1回だけであだった。
この時の佳音は、逆切れに近い精神状態だった。
こいつらさえいなければ…という考えが渦巻く負のループの中で肥大化していく。そして、そのトリガーを最初の攻撃がひいてしまった。
その瞬間から、佳音に対して一切の攻撃が効かなくなった。この後の展開を見た人がいたらこう言っただろう。
戦闘ではなく、ただの虐殺だと。
佳音は立ち上がって近くにいた人に手を振るう。それだけで、その人は吹き飛ばされた。
佳音がやってることは至極単純だった。守るべき人が自分だけなら…自分の体を覆うように壁を展開すればいい。そして、あとは近くに言って殴るだけ。
いくら人外の力を得たとはいえ、所詮人間が集まった集団。これだけの守りを固めた佳音が殴りかかってくるのを止められることができなかった。
数分後に会った光景は、数十人の血まみれの死体と、殺人鬼の叫びだけだった。
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「これは一体どういうことだ?」
「うーん、願望なのかな?途中までは願望だよ。」
「そんなに堂々と言われても…。どうして、僕とお前を主人公にした異能ものの小説を書いているかどうかと聞いているんだが。」
いつもの通り僕の部屋に来た佳音は数枚に及ぶレポート用紙を持ってきた。
一体何なのだろうと思ったら、まさかこんなものを書いているとは予想外だ。
「いろいろ、突っ込みどころが満載なんだがいいか?」
「うん。所詮話題作りの1つだから。」
「割り切りが早いな…まあいいや。まず、どうしておまえは日常を壊すような小説を書いたんだ?」
「うーん、それが小説だからかな?私もたまには宗を守りたいなっておもったの。」
「…嬉しいと割りきるのも困る告白だな。しかし、僕の視点で書いているのはなぜだ?」
「それが一番面白いかなって。私の視点だったら私の心理描写をしなきゃいけないでしょ。そんなことはしたくないから。」
「だからって僕の視点にするなよ。しかも、口調が違和感ないし。」
「そりゃあ、これだけ一緒に入れば口調ぐらい当たり前だって。」
僕の前で笑っている佳音には悪気が一切見られなかった。本当にネタとしての認識で書いたのだろう。
「ちょっと、辛辣なことをいうけどおまえバトル表現下手だな。」
「仕方が無いよ。素人が思いつきで書いたんだから。」
「そんなもんか。やっぱり、最後のオチは収拾がつかなかったからか?」
「うん。まあある意味でIFを書いたって言ってもいいかも。現実にはこんな力はないし、こんなこともできない。
でも、もし宗ちゃんがいなくなってしまったり、死んじゃったりしたら私は発狂すると思う。それだけ、宗ちゃんに依存しちゃってるんだよね。」
「…ツッコミをいれようと思ってなくても、そんな重い理由を言われたら軽く返せないな。」
「ちょっと僕の気持ちは重すぎるかな?」
「重いなんていわないよ。ただ、感情表現が下手だなと思っただけだ。」
「小説って1種の感情表現の手段だと思うよ?」
「それはそうかもしれないが、遠まわしじゃなきゃいえないような関係じゃないだろうに。」
「それもそうだね。この小説ね、最初はただ単に宗を守りたいってつもりで書き始めたの。
でも、最終的に収拾がつかなくなってこうなっちゃったんだけどね、後半はすごく書きやすかった。やっぱり、自分の視点っていうのは大きいんだと思うけれど、それ以上に自分の本心を思いつくままに書いていけたってからじゃないかな?って思うの。
私にだって、言いたくても言えないことはあるよ。それが同世代の人に比べて少ないだけで。
そういった本心を作り出せる小説ってのは面白い表現手段だと思うし、その気持ちを一番わかってほしい人に理解してもらえたのは嬉しいよ。」
「…本当に理解できたのかな?まだまだわからないことだらけな気もするな。」
「その姿勢が嬉しいんだよ…。私が書いてて何だけど、こんな未来にはならないように頑張ろうね。」
「当たり前だろ。絶対にさせないさ。」
僕は、佳音の言葉を冗談だと笑い飛ばすことはできなかった。
今考えてみると、この前の事件も一歩間違えていれば、こうやってすごしていられない。
だからこそ思う。一度、地獄の断片を見たのだ。絶対にその道には進まないと。
この自作小説の話題はここで終わってしまったが、僕達が歩いて行く物語は終わらない。
ゴールは、常に幸せな状況がつかめた時しか得られないのだから。
これは、書きたかったと言うよりは「恋愛とミステリー風の空気しか無いこの作品に、苦手な戦闘描写を加えてみたらどうなるか」という挑戦の残骸みたいなものです。
一応、自虐ネタに使えたのはいいんですが、さすがに登場人物が少なすぎますね。
とりあえず、次の話が欠けるまでは最終話扱いにします。
感想お待ちしてます。