波紋①
力が抜けた身体を投げ出すようにベッドに倒れ込むと、ぎゅっと身体を丸めた。あの日、意識をなくした自分を助けるためにレイヴァート家を頼ったこと。
そこで、身体が術に耐えられず魔力暴走を起こしかけたこと。
それを、シェリオスが抑えてくれたこと⋯
父の言葉が頭の中をグルグルと回る中、ブレスレットが巻かれた手を胸にぎゅっと押し付けた。
色も、気配も、何も感じ取ることは出来なくて、無性にシェリオスが恋しくなった。
「⋯お祭り、いこうかな⋯」
ゴシゴシと乱暴に瞼を擦ると、フード付きのケープを手に、そっと屋敷を出た。
ーー
屋敷を出た頃には傾きかけていた日も、街に着く頃にはすっかり沈み込んでいた。
代わりにたくさんの灯籠が街を明るく照らしていた。
王都のシンボルにもなっている四つの魔塔を象った灯籠が多く見えたが、店の宣伝も兼ねているのか中には変わった形の物も混ざっていた。
オレンジや淡い紅色、水色、桃色。たくさんの色の光が見慣れた街並みを幻想的に彩っている光景に思わずあの紫色を探してしまい、被っていたフードをぎゅっと深く被り直した。
威勢のいい声が響き渡り、香ばしく焼ける肉の匂いや、果実を煮詰めたような甘い匂いが鼻孔をくすぐる。純粋に祭りを楽しんでいる熱気と笑い声に少しだけ気分が晴れたかもしれない。いい匂いに釣られるまま近くの店で串焼きを一本買うと、目的も決めずにふらふらと歩いた。
「わ、っと⋯⋯」
普段よりも人が溢れた通りは少し歩きづらく、何度も人にぶつかりそうになる。
慌てて避けようとした拍子に脱げてしまったフードを慌てて被り直すと、道の端っこにある石段に座り、少し冷めてしまった串焼きを食べながら人の流れる様子をぼんやりと眺めていた。少しだけ視線を上に向ければ、街の外れにある一本の魔塔がその先端を覗かせていた。
「⋯シェリオス様は、どの塔にいるかな⋯」
王都の四方に見張り台のように建つ塔全てを今から回るのは流石に無理がある。
それは分かってはいるのだが、一番近い所なら行けるだろうか。
最後の肉を口に放り込むと、とりあえず行くだけ行ってみようかと立ち上がると不意に誰かに声をかけられた。
「クミル、だよね?」
「えっと、すいません。どちら様ですか?」
自分を知っているのか、目の前の男に名前を呼ばれたがまったく見覚えがなかった。
身なりからして、そこそこ良い家の子息に見えるが、兄達よりも年上に見える人物にここれ当たりはなかった。
「あ〜まあ覚えてるわけないか。クミル小さかったし。子供の時に会ったことあるんだけど」
子供の頃と言われ、少しだけ記憶を探ってはみた。
確か一度だけ、家を抜け出して街の子供達に紛れて遊んだことがある。⋯父にバレて物凄く怒られた上にその夜も熱を出してしまった記憶のほうが強いが⋯その時のことだろうか。
「すいません⋯あの、」
「ん〜まぁ普通はそうだよね」
急いでいることを伝えようとしたが、それを遮るかのように会話を続けられ、突然強い力で腕を掴まれた。痛みと驚きに顔をあげると、被っていたフードを払われる。
「つっ⋯!?」
「あぁ、やっぱりクミルだ。⋯⋯相変わらず綺麗な色だな」
そう言いながら薄水色の髪を指で一束掬い上げると、匂いを嗅ぐように顔を近づけられ身体がゾワリと震えた。あまりの気持ち悪さに助けを求めようかと声を上げようとしたが、それより早く、男の手で口を塞がれてしまった。
「むっ⋯っ⋯⋯!」
「せっかくの再会なんだから、邪魔されたくないだろ」
必死に抵抗しようと暴れたが、濁りを纏った深紅の靄が見え始めると賑やかな喧騒が遠のいていく。意識が徐々に薄れていく中、屋敷を黙って出てきてしまったことを後悔した。




