「この国一番の乙女として魔王に嫁いでくれ」と義妹と恋人繋ぎしながら婚約解消してきた王子に笑顔で快諾しました。だって私と魔王は両想いですもの。
「この国一番の乙女を差し出すように、魔王から要求があった」
王城の一室。集められたのは一部の王族とわたしの家族。
婚約者でもある第一王子ウィリアムが辛そうに切り出す。
「誰もが認める美貌を持つアレクシアしかいないと思うんだ」
社交界では美の化身と言われていたわたし。
けれど、陰では美しすぎて造り物みたいで冗談の一つも通用しないと馬鹿にされていたことを知っている。
「僕との婚約を解消して、魔王の花嫁になってほしい」
婚約解消を願い出たウィリアムの表情は今にも泣きそうなほどで、苦渋の決断であるということが伝わる。
が、惜しい。
彼の手と、隣に座っているわたしの義妹メリッサの手がなぜか絡み合うように握られている。
もう少しでわたしとの婚約が円満に切れるのだから、あと少し我慢することは出来ないのか。
ちらりと父と義母に目をやる。
父は深刻な顔をしているが、手駒が減るのは惜しいが王家に娘を嫁に出すことに変わりはないなどと今後の利益を絡めた計画変更を頭の中で高速で練っているのだろう。
義母の顔は喜びを表現しようとする表情筋を強い意志の力で押さえつけているため、時折ピクピクと不自然に引きつっている。
六歳の頃、母が亡くなった。半年もたたずに我が家にやってきた義母は父そっくりの義妹を連れていた。
義母は表面上はわたしに丁寧に接してくれていたが、言葉の端々に嫌味を込め、少しずつ義妹とわたしに与える物の質を変えて、ジリジリとわたしの存在は軽んじられていった。
そうして、誰も悪者にすることなく、家庭内でわたしの居場所を無くすことに成功したのだ。
それでも、幼い頃から決まっていたわたしと第一王子の婚約は義母の手ではどうにもできなくて歯痒かったことだろう。
棚ぼた的にわたしとウィリアム様の婚約が解消されることになり、喜びを抑え込むのが難しい気持ちはわかるが、義妹同様、もう少し我慢を見せてほしい。
「十年以上沈黙を守っていた魔王が突然現れて、こんな要求をするとは」
「人間との戦いに疲れて違う世界に渡ったとか、魔王に寿命がきたとか色んな説があったがすべて確証はなかったですからね」
集められた王族の一部、王弟やその息子が今回の騒動の発端を話出す。
十数年前まではこの国は魔王軍と激しい戦いを繰り広げていた。
しかし、それはある日を境にピタリと止み、それ以降、魔王どころか魔族の姿を見ることはなくなっていた。
それが突然、昨晩眠る王の寝台の前に魔王が現われたそうだ。
そして例の『この国一番の乙女を差し出せ』との要求があったとのことで、朝早くからわたし達一家は王城に呼び出された。
「ウィリアム様との婚約解消、承りました」
これまで無言を貫いていたわたしが発言したことで、全員の視線を一斉に浴びる。
「そして魔王の花嫁というお役目、謹んでお引き受けいたします」
社交界中を虜にしてきた美貌を存分に発揮してニッコリと微笑む。
乳飲み子も腰の曲がった老人も魅了すると言われたわたしの滅多に見せない笑顔に、ウィリアム様が頬を染める。
先ほど自ら婚約解消を強請ったというのにフラフラとわたしに向かって歩き出そうとする第一王子の手を、義妹が強く引いた。
なるほど、物理的に彼を拘束するために繋いでいたのね、と思っていた以上に理に適っていた場違いな手繋ぎに感心する。
わたしがお別れのカーテシーをすると、途端に部屋は真っ暗になった。
「我が花嫁をいただいていく」
地鳴りのような声が部屋中に響く。
どこからか伸びて来た黒く長い手がわたしの体に巻き付いてきた。
「アレクシア!!」
「魔王か!?」
人間達の叫び声がどんどん遠のいて、気が付けば視界は真っ暗だった。
「もう離れてもいい?」
温かなぬくもりを感じながら、わたしは彼の背中に手をまわして尋ねる。
「ダーメ。久しぶりに会えたんだから、あと三日は抱きしめてる」
「久しぶりだから、あなたの顔がみたいわ」
強く抱きしめられたわたしの視界は彼とくっつき過ぎて何も見えない。
わたしのおねだりに、腕が少し緩められた。
「ああっ!! 可愛い!!」
目が合った途端に、彼はわたしから目を反らしてしまう。
「可愛すぎてずっと見ていたいのに、見てられない」
悔しそうに真っ赤な顔を背ける。
魔法が解けた今のわたしは平凡な顔立ちだというのに、面白い人だ。
わたしの美貌は偽物だった。
魔王がわたしを守るためにかけた呪い。
はるか昔、人間と魔族は共存していた。
しかし、人間は次第に魔族の住む場所を奪い、魔族を素材として狩りだした。
やがて人間と魔族は憎み合う関係となったそうだ。
そうは言っても、魔族は元来おおらか。次第にか弱く魔力も持たない人間との戦いは遊びのようになっていく。居住地を変え、時折人間をからかいにくる魔族がいるくらいだった。
人間側からすると命がけの戦争だったけれど、魔族側はただの暇つぶし。そんな関係が長く続いたある日、魔王はわたしに見つけられたそうだ。
十数年前、遊び疲れて眠くなった魔王は、人間から見つからないように姿隠しの魔法を使って森の中で眠っていたらしい。
目を覚ますと、小さくて温かな人間の子供が寄り添って眠っていた。それがわたしだったそうだ。
わたしにその記憶はないが、幼い頃に神隠しにあったと両親から聞いていた。わたしの容姿が異様に美しいのはそのせいだと、神に気に入られたとかいたずらされたとか噂されているのを聞いたことがある。
実際は神ではなくて魔王だったのだけれど。
わたしを一目見た瞬間、魔王は「宝物だ」と思ったそうだ。根拠はわからない。
すぐに自分の住処に連れて帰ろうとしたのだが、相手は話をすることは出来るが意思の疎通がまだ難しい幼さ。人間の子供のお世話なんてしたことがない魔王は涙ながらにわたしを残していく選択をしたらしい。
その時に魔王はわたしに魔法をかけた。
成長していく過程で、愛嬌があると言われていたわたしの容姿は次第に完璧な造形美と言われるようになっていく。
それは彼がわたしにかけた魔法のせいで、わたしはどんな思考の人もどんな趣味の人も総じて「美しい」と言われる姿に成長した。
神々しい程の美貌は人を寄せ付けない。
魔王の読み通り、美しすぎるわたしに気軽に話しかけてくる人はおらず、友人すら出来なかった。
やがて義母が牛耳る様になった家庭内でも孤立する様になり、わたしは独りぼっち。
わたしの心の拠り所は時折現れる真っ黒な翼を持った魔王だけ。
腐っても公爵家な我が家は魔族除け対策が万全過ぎて、魔王はわたしに会いに来ることが出来なかった。
だから、本当に年に一回だったり数年に一度だったり、旅先だったりお忍びで訪れた街中だったりで彼はわたしに会いに来てくれた。
愛しいわたしの世界を壊さないようにと、魔王の命令によって魔族は人間界から完全な撤退を決めていた。
なぜか突然消えた魔族に、最初はいぶかしんでいた王家も、今ではすっかり平和慣れしている。
そんな状態の王城に忍び込んで王に『この国一番の乙女を差し出せ』と言ってみたところ、案の定あっさりとわたしをもらい受ける運びとなったらしい。
「うちに入れないくらいだったのに、よく王城に入れたわね?」
我が家の魔族対策が万全なせいで来れないと言っていたから、王城はもっと守りが固いのでは? と思ったわたしは不思議になって魔王に聞いてみる。
「人間の王様は、悪い魔女の子孫に生気を吸い取られている最中だったからね。あの城は王族の生気を元に防御を張っているからそれが緩んだんだ」
「魔女の子孫?」
魔女なんて絵本の中の人物だと思っていたわたしは驚く。
「さっきもアレクシアの婚約者だった嫌な男と手を繋いでいたよ?」
驚きのあまり、わたしは両手で口を押える。
義妹が魔女の子孫? では義母も?
「アレクシアの家はきみの亡くなった母親の護りの力が強く残っていて魔女の一族の力でも防御は破れなかったけれどね。それにあの母親よりも娘のほうが魔女の力が強い。魅了の魔法で何人も男を虜にしているよ」
義妹は物凄くモテる。いつも男性に囲まれていて、何か凄い魅力があると思っていたのだけれど。まさか魅了の力だったとは。
堅物王子が婚約解消を申し出るくらいだから、その能力はきっと絶大だろう。
「腹に王の種を仕込んで王子と結婚する気らしいからね。あの国はいずれ魔女の手中に収まるよ」
さらに驚いて目を丸くしてるわたしの頬を、魔王の両手が包む。
「やっと俺の花嫁になったのに、他の男のことは考えないで」
拗ねたような言い方が可愛らしくて、思わず微笑む。
「愛する人が、異世界から奪いに来てくれたんですものね」
クスクスと笑って、わたしが後から魔王に教えてもらった出会った日のことを思い出す。
初めて出会った寝起きの魔王に、わたしは幼い頃にお気に入りでいつも持ち歩いていた絵本を読み聞かせたそうだ。
それは不遇の少女を異世界から王子様が現われて連れ去る、そんなお話だった。
勝手にわたしを自分の世界に連れ去ることだって出来たのに、魔王はわたしの憧れのシチュエーションを再現してくれたのだ。
なんて可愛いのかしら。
わたしは思わず魔王の額に唇をつける。
真っ赤になった魔王の顔が可愛くて、わたしは声を上げて笑った。
わたしに見向きもしなかった家族も、ないがしろにし続けた婚約者にも未練はない。
義母の望み通りに義妹と第一王子が恋仲にでもなって婚約者交代、なんて物語のようになったら面白いと思って義妹を連れて婚約者に会いに行く回数を増やしていたけれど。
まさか陛下に手をつけていたなんて、義妹はわたしより完全に上手だわ。
わたしの稚拙な計画も、ひねくれた性格も、元に戻った平凡な容姿も、魔王はすべて受け入れて愛してくれる。
ずっとわたしのことだけが大好きでわたしだけを願っていた魔王の歪んだ愛が、愛情に飢えたわたしには心地よい。
普通の容姿に戻ったわたしをキレイだと言う魔王の愛情を受けて、わたしは心の底から幸せだと感じる。
大好きだったお母様が亡くなった後に義母と父そっくりな義妹を連れて来た父。
彼の長年の夢であった国盗り計画が魔女たちの手でどう塗り替えれていくのか、遠い世界から高見の見物をさせてもらうという最高の余暇も楽しみだ。
「どうしたの? アレクシア?」
無言で笑っているわたしの様子を不思議そうに魔王が首を傾げる。なんでもないと言うように首を振って「大好きよ」と告げて抱きしめた。
数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。
ブックマーク、評価、リアクション、どれもとても嬉しいです。




