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LR  作者: 土屋信之介
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プロローグ

 恭介は物心ついたときから、両手に皮製の黒い手袋をはめさせられていた。ごはんを食べるときも、寝るときも、お風呂に入るときでさえも。父は物心ついたときからいなかった。母はいつも優しい人だったが、恭介の手袋を外したときだけは、「手袋を絶対に外しちゃダメよ!」と烈火のごとく怒った。

 小学校に入ってからも皮膚の病気だと嘘をついて手袋はずっとしていた。決して自分の手袋をほかの人間には触れさせなかった。それは母との約束があったからだし、恭介自身も手袋を取ったらとんでもないことが起こると感じていたからだった。


 事件が起きたのは、小学校三年生の夏だった。体育の授業に備えて着替えようとした時、両手の手袋をクラスメイトであるノボルに無理やり奪われてしまったのだ。彼は身長こそそれほど高くなかったが、口数が多く、クラスでも目立った存在だった。

「へへん、いただきだぜ」

 手袋をかざしながら逃げるノボルを恭介は必死に追いかけた。ノボルは恭介が必死になればなるほど勢いよく走り周り、教室を飛び出して逃げていった。恭介はそんなノボルを付近に誰もいない階段の手前で捕まえた。手袋を奪い返したその弾みで彼のことを強く押してしまったのはその時だった。ノボルの体は宙に浮き、階段の下に転げ落ちて行った。慌てて駆け寄ってみると、彼は頭から血を流し、痙攣を起こして口から泡を吹いていた。

 恭介は、本能的にさらされた右手で血を流すノボルの頭に触っていた。その瞬間、右手からはまばゆい光が発せられた。その光はノボルの患部をあっという間に包み込んでいった。恭介には一体何が起こったのかわからず、目の前の自分の右手が起こしている光景を茫漠と眺めていた。

 ノボルはすぐに目を覚ました。血を流していたはずの頭には何の傷跡もなく、ふらつくこともなく、彼はすぐに立ち上がることが出来た。ノボルは、化け物を見るような目で恭介を一瞥してから階段を駆け上がり、その場を去った。恭介は震える自分の右手を眺めてから、まるで今この場で起こったことのすべてを封印するかのように、奪い返した手袋をすぐにはめた。


 右手が起こした奇跡のことは母には話さなかった。それは何か言ってはいけない秘め事のように思われたからだった。異変に気が付いたのは、翌朝だった。左手が蠢いていて、まるで鬼の手のように変貌しつつあったのだ。しかも時間が経つにつれ、肥大化し、血管が浮き出でいくうちに、意思を持った別の生き物のようになっていった。母と二人だけで暮らす六畳の狭い部屋で、恭介は身もだえるしかない。

なぜ奇跡を起こした右手ではなく、左手にこのような現象が起きているのか。恭介の変わり果てた左手を見た母は息を呑み、天を仰いでから右手で誰かを救ってしまったのかと訊ねてきた。恭介は、学校でのいきさつをすべて話した。

 母は話を聞くと、自分を落ち着かせるように息を一つつき、大きな瞳を恭介に向けてきた。母はその小柄な体を微かに震わせていた。恭介はただならぬ雰囲気に心臓の鼓動を高鳴らせた。母はそんな恭介に慈しむような笑顔を向けると、落ち着いた声で、悪魔の力によって生まれ、その血に受け継がれてきた能力の話を始めた。

「その呪われた悪魔の能力はね。右手で消え行く命を救うことが出来る代わりに、誰かを救ってしまえば、左手で誰かの命を奪わなければいけないの。わたしのお父さん、あなたのおじいさんにもその能力があったの」

 会ったこともない祖父の話などされても、恭介には言われていることの意味がわからなかった。

「しかも一日のうちに誰かを左手で殺さないと、左手が勝手に誰かを殺してしまうの」

 母は続けた。バカみたいな話と思ったが、実際に言うことがきかなくなっている自分の左手を目の前にすると、信じざるを得なかった。母は「ゴメンね」と呟き、目を潤ませた。

「じゃあ、もしかして、オレは誰かを殺さなくちゃいけないの?」

 恭介は恐る恐る母に訊ねた。母は何も言わずに立ち上がると、押入れから電気の延長コードを何本も取り出してきて、恭介の両手両足を縛り始めた。

「やめてよ! 母さん、止めてよ!」

 恭介は抵抗をして見せたが、身動きの取れない状態にされてしまった。すぐに母が自らを殺すように仕向けているのだということに気がついた。恭介は母にコードを解いてくれるよう懇願した。自分に母を殺すつもりなどなく、悪い奴を見つけて殺してくるからと必死に訴えた。母はそんな恭介に、自分が死んだら、北海道の旭川にいる叔母を頼れと言うばかりで、あとは「その能力を二度と使ってはいけない」と約束させた。

「母さん、お願いだから」

 時間は刻々と過ぎていった。恭介はその間もずっと母に訴えていたが、母は動かないままだった。そのうちに恭介はすべての話が嘘であったらと信じるように努めたが、そう思えば思うほど、ノボルの命を救ってしまった光景の残像が何度も脳裏に駆け巡った。

 左手はもはや手袋を破るほどにまで肥大化し、もはや自分の意思ではコントロールの出来ない怪物になりつつあった。いつの間にか時計が十時半を指し示していた。昨日、恭介がノボルを救ったのと同じ時刻まであと数分もなかった。

「気休めにしかならないと思うけど、聞いてほしいことがあるの」

 母は無理に笑顔を作って語り出す。

「わたしの家系の先祖の誰かがね、悪魔と契約してしまったから、この呪われた能力が生まれ、受け継がれているの。荒唐無稽に思うかもしれないけど、それが真実なのよ。そして一つだけ先祖代々受け継がれている言葉がある。それは、その能力をなくす悪魔との契約破棄の方法よ」

 恭介は息を呑み、暴れる左手を必死に抑えながら母の次の言葉を待つ。

「〝愛を理解せよ〟それが、悪魔が口にした契約破棄の唯一の条件よ。その意味はわからないし、今まで 契約破棄に成功した人は誰もいないけれど」

 そのとき左手がもはや抑え切れないほどものすごい力で勝手に動き出し、コードを引き裂き、まるで暴走した闘牛の牛のように母に向かって襲い掛った。

「うわあああああああ!!!」

 左手は、母の胸の辺りを掴むと、どす黒い不気味な黒い光を発した。黒い光はすぐに母の体を包み込んだ。ただ母の命を奪っているという感覚だけがあった。数秒後、黒い光は蒸発するように消え失せた。左手は元に戻り、母もただ倒れているだけのようだった。目立った外傷は胸に薄く刻まれた丸く痣だけだった。

「母さん! 母さん!」

 すぐに駆け寄ったものの、母は息をしていなかった。恭介は、右手で生き返らせようと胸の辺りに右手を置いた。しかし眩い光が発せられることは二度となかった。


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