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369の世界 〜12冊の魔導書〜  作者: ダーク創造神
第一章 小学校低学年
20/25

第19話 風の神殿②

「神速、心眼!」


鎌鼬(かまいたち)の声が弾ける。


気配が乱れる。


一瞬、右。

次の瞬間、背後。


速度が跳ね上がる。

時速にして、四十……五十……六十。


風を裂く足音が、神殿内を周回する。


暗闇。


心眼で追う。

だが——追いつかない。


「速い……!」


スコールとケイタロウは背中合わせ。


脇差に手を添える。

拳を構える。


風圧が肌を打つ。


数秒。数十秒。

このまま走らせれば、いずれ息が上がるはず——。


その刹那。


ヒュッ!


刃が頬を裂く。


「痛ッ——!」


反射。


バシッ、バシッ!


ケイタロウの拳が刃を弾く。


金属音。


だが止まらない。

笑い声が、闇の中を走る。


また刃が頬を掠める。


「この速さについてこれねぇようだなぁ!」


「テメェらは……もう終わりだぁ!!」


地面を強く蹴る音。


来る!


ケイタロウの腕が動く。


——石投げ。

石が弾丸のように飛ぶ。


鎌鼬の軌道が、わずかに乱れる。


その一瞬。

世界が、静止する。


スコールの意識が一点に凝縮される。


『固有能力——“決死”』


無意識に発動。


恐怖心、だが、今度は動じない。

精神が、研ぎ澄まされる。


目が細くなり、

呼吸が消える。


『桜花流——“居合いノ型”』


構え。


「桜花流……“花鳥風月”!!」


抜刀。


斬撃が空を裂く。

見えない刃が、風を切り裂き、鎌鼬へ飛ぶ。


遠隔斬撃。


「な、なにぃ!?」


焦りの声。

防御へ移る。


その隙。


「スキル——“俊足”!!」


踏み込み、

一瞬で距離を詰める。


「くっ——!!」


遠隔斬撃を受けきれない。


体勢が崩れる。


そこへ——


「桜花流——“滝崩し”!!!」


上段からの一閃。

袈裟斬り。


肉を断つ感触。


「ぐはぁッ——!!」


血反吐。

生温かい飛沫。


確かな手応え。


龍魚とは違う。


これは……人だ。


肉を斬った。

血の匂い。

鉄の味。


音が、生々しい。


視覚化できない闇が、せめてもの救い。


ガンッ——。


膝が床に落ちる。


ゴポォ……。


血が広がる音。


静寂。


「……や、やるじゃ……ねぇか——」


バタンッ。


身体が倒れる。


終わった。


勝った。


だが、

スコールの意識は、勝利を受け取れない。


震え。

吐き気。


ケイタロウが肩を掴む。


「大丈夫か……!?」


現実に引き戻される。


「うっ……」


嗚咽。

胃が反転する。


床へ吐く。


涙が零れる。


呼吸が乱れる。


苦しい。


「大丈夫、大丈夫だから……」


ケイタロウの手が背を撫でる。


その温もりだけが、現実。


どんな敵であっても…、

殺した。


命を、奪った。


スコールは、自分を責める。


強くなるとは。

守るとは。


斬ることなのか。


風が静かに吹き抜ける。


勝利の音は、どこにもなかった。


ーーーーーーーー


その頃。


ミロクとタカミザワは、別の通路を進んでいた。


懐中電灯の光は弱く、闇を押し返すには頼りない。

点滅が、電池の限界を告げている。


「電池を交換しないと……」


ミロクがリュックを下ろし、しゃがみ込む。

ファスナーの音が、やけに大きく響いた。


その間に、当然のように、

タカミザワが指先を上げる。


淡い光の魔法が発動し、周囲を照らす。


白く静かな光。


黄色い鳥のマルが、ペタペタと足音を立てる。

フェニックス幼体が、その後を小さく跳ねる。


静寂。


風の音すら、ここでは弱い。


そのとき。

タカミザワの眉が、わずかに動く。


背後。視線。


「誰だ……?」

低く、冷たい声。


ミロクも振り返る。


「誰かいるの?」


コツ……コツ……。

革靴の音。


闇の中から、背の高い男が歩み出る。


スーツ姿。

場違いなほど整った紳士服。


そして——

黒いバンダナが目元を覆っている。


目隠し。


だが、こちらを正確に捉えている。


「こんにちは……少年たち」


柔らかい声。異様だ。


「何者だ?」


タカミザワが小さな木の杖を向ける。


男は咳払いを一つ。


「私は“百目ひゃくめ”。暗殺者です」


淡々と。


「君達を殺すよう、命じられました」


空気が凍る。

ミロクの背筋に、冷たい汗。


暗殺者?


なぜ、自分が…?

理由が思いつかない。


混乱の中、脳裏に蘇る言葉。


『暗殺者……だったりしてな』


紳士服の不審者の話。


ミロクは、ゆっくりとタカミザワを見る。


「分かってたの……?」

無意識に零れた問い。


「知っていた」

即答。


「まさか、本当に動くとは思わなかったがな」


その目は、

すでに状況を読み終えている。


「魔法教会と暗殺者は、癒着関係にある」

静かに断言。


百目の口元が、ゆるむ。


「……ご名答」


拍手でもしそうな声音。


「しかしそれは極秘事項。なぜあなたのような子どもが“それ”を知っているのかは分かりませんが」


スーツの内側から、ナイフを取り出す。


刃渡り二十センチ。

鈍い光。


「少なくとも……生かしてはおけないですねぇ」


声色は穏やか。

だが殺気は、濃い。


「それとも……拷問して吐かせますか?」


その言葉は、事務的。

感情がない。


背中に氷柱を差し込まれたような感覚。


ミロクは、生唾を飲む。


恐怖。

動けない。


だが、

タカミザワは鼻で笑う。


「せいぜい、その使えない頭で考えるんだな」


ベロを出し、

自分の頭を、トントンと叩く仕草。


暗殺者を、煽る。


ミロクは思わず息を呑む。


正気か?


百目の口元が、わずかに歪む。


「ここから先、言葉は無用ですね」


ナイフを逆手に持ち替える。


「本気で殺します」


空気が変わり、

見えないはずの視線が、全身を貫く。


戦いは、

静かに始まろうとしていた。


ーーーーーーーー


百目が走る。

音が消える速度。


その瞬間。


タカミザワの杖が白く光る。


「火魔法――《火壁ファイアウォール》」


無詠唱。

爆ぜる炎の壁が、百目の進路を塞ぐ。


「チッ……」

低い舌打ち。


続けざまに。


「風魔法――《追風テイルウィンド》」


火壁が風に押され、前進する。

燃える壁が迫る。


「魔法の応用だと……?」


百目がバックステップ。


だが追撃は止まらない。


「火魔法――《火矢ファイアアロー》」


無詠唱。

炎の壁の明滅に紛れ、火矢が飛ぶ。


どこから来るか読めない。


スーツに直撃し、

服が燃える。


「な、なにぃ!?」

焦り。


タカミザワは、笑っている。


ミロクは呆然と立ち尽くす。


魔力1のはずの男が、ここまで操る。


胸ポケットから小瓶。

ぐい、と飲み干す。


それは、魔力回復薬。


「まだまだいくぞ」


魔力が膨れ上がる。


「土魔法――《土壁アースウォール》!」


百目の背後に巨大な土壁。

退路を断つ。


「火矢、五連!」


炎が降る。圧倒。


勝利の確信。

——そのはずだった。


「手応えが……ない……?」


当たった感触がない。


周囲の火が弱まり、

懐中電灯の光が、奥を照らす。


そこに立つ。


焼け焦げたスーツに、半裸の身体。


全身に、複数の眼。


胸、肩、腹、腕。


不気味で異様な開閉。


「ば、化け物……」


ミロクの膝が震える。


「《火矢(ファイアアロー)》!」


百目の胸元の眼が、紫に光る。


「魔封じの魔眼……」


火矢が消える。

直前で。


「魔眼……だと!?」

タカミザワの歯軋り。


さらに。


「千里眼、逃亡不可の魔眼」


左手と右目が光る。


身体が固まる。

背を向けられない。


「位置を完全に把握」


冷静な声。


「《火矢(ファイアアロー)》五連!」

再び火矢。


「魔封じの魔眼」


ボッ…ボッ…ボッ…ボッ…ボッ…。

やはり、消える。


「無駄なんですよ」


そのとき。

タカミザワの目が細くなる。


「魔封じ……千里眼と逃亡不可……」


「……一度に使える眼は、二つまでか?」


静かな推理。


千里眼は、閉じている。

逃亡不可と、魔封じは開いている。


百目の表情が歪む。


図星。


「ハンデを、与えているんです」


強がり。


だが、

魔法が効かない現実は変わらない。


無詠唱。

土槍アースランス!」


魔法陣が消える。


魔封じの魔眼を瞬きさせながら、百目が笑う。


「終わりにしましょう……」


走る——!


タカミザワが胸元からナイフを抜く。

だが、百目は無視。


ミロクを掴み、宙に持ち上げる。


「終わりだ」


ナイフが下から突き上げられる。

その瞬間。


「クエー!!」


電撃。

足元にいた"マル"の放電。


百目の身体が痺れ、

ミロクが落ちる。


「いまだ!」

「風魔法――《風刃ウィンドカッター》!」


百目の左手が切断される。


血飛沫。


百目が後退。


千里眼はもう機能しない。

魔封じの魔眼が一時的に閉じ、逃亡不可は発動中。


「念力眼!」


土塊が浮かび、マルへ飛ぶ。


横に避ける。

その先の懐中電灯が破壊される。


闇。


百目は全ての魔眼を閉じる。


「心眼、気流の魔眼」


百目の有利な空間。


だが。


「ギィ!」


フェニックス幼体が火を撒く。

暗闇が揺らぐ。


「クソが……!」


百目の顔が歪む。


そして、再び魔眼を発動する。

「幻覚の魔眼! 恐慌の魔眼!」


ミロク達の視界が歪む。


恐怖。完全硬直。


神殿には、革靴の音だけが響く。


ポタ……ポタ……。

失われた左手の手首が血の道を作り、

次はタカミザワの前に立つ。


「今度こそ終わりだ」


ナイフを振り上げる。


その瞬間。

パチンッ——!


「残念だったねぇ」


指を鳴らすタカミザワの声。


「な、なにぃ!?」


幻覚と恐慌の魔眼が、効いていない!?


その刹那、天井から、

土槍が落ちる。


グシャァ——!!


百目が潰れる。


静寂。


タカミザワが目の前でしゃがむ。


「お前の死に際に教えてやるよ」

「前提として、俺の魔法方式は“記憶法”だ」


淡々。


「土槍を展開したとき、二重詠唱と二重展開をしていた」

「目の前と、一歩前の頭上に」

「消された方は"フェイク"、頭上のは"作動式"の術式だ」


「お前の魔封じは“見た対象”にしか発動しない」

「マルも、フェニックスも、見ていなかった」


百目の息が荒い。


「な……ぜ……幻覚が……」


「俺の魔力が“1”だからだ」


冷笑。


「体内魔力量が少ないほど、干渉魔法は効きにくい」

「弱いやつに負ける気分はどうだ?」


しばらくすると、

百目の眼から光が消える。


沈黙。

そして、ミロクが目を覚ます。


「う、うわぁ!!」


叫ぶ。

股座に湿り。


「漏らしてやんの」


タカミザワの乾いた声。


「敵は!?」


土塊の下。

血の池に沈む百目。


ミロクは吐く。


「おえぇ……」


「お漏らしの次は吐くのかよ」


深いため息。


百目の左手を回収し、

布で包み、リュックへ。


「これは、使えるな」


そして、

軽くミロクの尻を蹴る。


「早く拭いて着替えて先に進むぞ」


人が死んでいる。


なのに。

この冷静さ。


ミロクは震えながら思う。


タカミザワは――

本当に、味方なのか?


ーーーーーーーー


合流地点。


先に着いていたのは、ミロクとタカミザワ。


淡い光魔法が、薄暗い空間を静かに照らしている。


石壁に映る影が、揺れる。


後から足音。

スコールとケイタロウが姿を現す。


四人の視線が交わる。


ミロクとスコールは、すでに服を着替えていた。

どちらも、どこか目が泳いでいる。


タカミザワがスコールを見下ろす。


「まさか、お前も吐いたのか?」


抑揚のない声。


スコールは目を逸らす。


「……ああ」

低い返事。


ケイタロウは、ミロクを見る。


「もしかして、ミロクもか?」

ミロクは、頬を赤くして俯く。


答えは、十分だった。


少しの沈黙。


「戦力外か……」

タカミザワが深いため息を吐く。


だが、完全に切り捨てる響きではない。

現実の確認だ。


「この先に、広間がある」

「一泊する余裕は無い」


淡々。

感情より、状況。


「それに、暗殺者が現れた……」


ミロクとスコールの目が揺れる。


「こっちもだ。殺し屋って言ってた」

ケイタロウが短く告げる。


タカミザワの視線が、僅かに鋭くなる。


「暗殺者って事は……俺たちの事がバレたのか?」

ケイタロウの問い。


「魔法教会と暗殺者は繋がっている」

「今はまだ、それしか言えない」


俯く。

何かを飲み込むように。


ケイタロウは、それ以上聞かない。

何かを察する。


「急がないと、少し不味いかもな」

「追っ手が来る可能性がある」


空気が締まる。


「できるだけ急ごう」

「俺は全然動けるからな!」


ケイタロウが腕を回す。

無理にでも、明るく。


「頼むぞ」

タカミザワは短く言う。


四人は並んで歩き出す。



開けた空間。広間。


中央に、有翼の人型石像。

翼を広げた姿。


「魔物、ハーピィの形だな」

タカミザワが静かに言う。


「そういえば、神殿の中、魔物いなかったな」

ケイタロウが首を傾げる。


「こっちもだ」

頷くタカミザワ。


「ひょっとすると……出るかもな」

緊張が走る。


その瞬間。石像が光る。


頭上に、青空のような魔法空間が広がり、

風が吹く。


だが。

何も出てこない。


沈黙。


そして、声。


《忠実なる者どもよ》


《強き者、弱き者》


《その言葉に従い行動した》


《故に、この試練は果たされた》


石像に亀裂が走り、

音を立てて崩れ落ちる。


その中心に——

一冊の書。


淡い風を纏う、風の魔導書。


「こんな…簡単で良いのか?」

ケイタロウが呆然と呟く。


タカミザワがゆっくり息を吐く。


「何でもいい。風の魔導書が手に入った」


安堵。

だが油断はない。


「帰るぞ」


ポケットからチョークを取り出す。


床に、正確な円。

脱出用魔法陣を描き始める。


「まぁいいか」

ケイタロウは腕を組み、周囲を警戒する。


ミロクは、風の魔導書を見つめる。

スコールは、手を握りしめる。


誰も言わない。

だが全員、分かっている。


一つの神殿を、境界線を越えた。


もう戻れない場所(ところ)に来ている。


魔法陣を完成させたタカミザワが、

風の魔導書を開く。


風が静かに巻き上がり、

新たな魔素が、世界へと放たれた。

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