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369の世界 〜12冊の魔導書〜  作者: ダーク創造神
第一章 小学校低学年
19/25

第18話 風の神殿 ①

魔法に反応し、石壁が低く唸りながら開いた。


冷たい風が、奥から流れ出す。


四人は顔を見合わせ、ゆっくりと足を踏み入れた。


中は仄暗い。


石柱が規則正しく並び、その隙間を縫うように風が走る。

ヒュウ、と。

どこか旋律のような、不気味な歌。


ランタンの火は絶えず揺らぎ、

懐中電灯の光は闇を切り取るだけで、押し返すことはできない。


床には埃一つない。


常に吹き抜ける風が、すべてを削ぎ落としている。


乾いた空気が喉を刺す。


「スコール。水を頂戴」


ミロクが、家から持ってきた空のガラスコップを差し出す。


「……もう五回目だぞ」


呆れた声。


だがスコールは、ため息とともに詠唱する。


「水よ……空の容器に水を注げ。《ウォーター》」


淡い光が集まり、コップの底に水が満ちる。


澄んだ魔素水。


ミロクは嬉しそうに一気に飲み干す。


「っぷはー! やっぱ、魔素水はうまいなぁ!」


喉を潤す音がやけに大きい。

正に、水を得た魚。


「やれやれだぜ……」


ケイタロウが小さく笑う。

その笑いも、すぐに風に攫われた。


しばらく進む。


やがて通路の突き当たりに、壁。


「あれ? 行き止まりか?」


ケイタロウが首を傾げる。


スコールはランタンを左へ。

ミロクは懐中電灯を右へ。


左右に、道。


静かな分岐。


「どっちに進む?」


ミロクが振り向く。


タカミザワは壁面に刻まれた古代文字を見つめている。


指でなぞると古代文字が淡く光り、

淡々と読み上げた。


「左は“強き者”。右は“弱き者”」


風が鳴る。


強き者。

弱き者。


言葉は単純だ。


だが、この神殿が単純であるはずがない。


自然に身体が動く。


ミロクとタカミザワ。


スコールとケイタロウ。


理由は口にしない。


だが分かる。

物理的な強弱。


「決まったな」


タカミザワが目を細める。


「危なそうだったら、すぐに引き返そう」


ケイタロウの声は冷静だ。


ミロクとスコールが頷く。


言葉は少ない。


風が、二つの通路へと流れ込む。

まるで誘導するように。


四人はそれぞれの道へ歩き出した。

背中が離れる。


光が、二方向へ分かれる。


風の神殿は、答えない。


ただ、見ている。


ーーーーーーーー


神殿の奥は、想像以上に暗い。


ランタンの火は頼りなく震え、今にも消えそうだった。

風が通るたび、炎が細くなる。


「ろうそくが無くなりそうだ……」

「交換しないと……」


スコールは膝をつき、ランタンを床に置く。

ポケットから小瓶の液体オイルと、小さなマッチ箱を取り出した。


シュッ……シュッ……。


乾いた音が、石壁に反響する。


その瞬間。


ふっ――。

ランタンの火が消えた。


「うわ……」


ケイタロウの小さな声。


「ケイタロウ……?」


闇。完全な闇。

風だけが、低く唸る。


音が消える。


嫌な風だ。

湿度もない。体温を奪うような風。


スコールの背筋に冷たいものが走る。


すぐに身を低く落とし、呼吸を浅く整える。

足音を立てぬよう、静かにその場を離れる。


カランッ——!


背後でランタンが蹴られる音。


確実に、誰かいる。

魔物ではない。


そう直感する。


知性のある動き。


スコールは自然に目を閉じ、

脳内に父の声が蘇る。


『心眼って知ってるか?』


『心眼……?』


『目に頼らず、身体の感覚を研ぎ澄ませ、敵の気配を捉える』


『意味あるの?』


『……そうなれば分かる』


心眼。


呼吸を落とす。


風が横を抜ける。

——何かが通る。


金属の匂い。

わずかな体温。

吐息。


足元で小石が跳ねる微音。


いる。


その刹那。

殺気——!


スコールの身体が反射する。


バックステップ。

さらに、バック宙。


空気を裂く連続攻撃が、鼻先をかすめる。


着地と同時に、床へランタンオイルを撒く。


シュッ。


マッチを擦り火がつき、

オイルへ投げる。


ボッ——!


炎が走る。

揺らぐ橙色の光。


そこに——


脚。

細い、黒いズボン。


火が広がる。


胴体。

肩。

顔。


細身の黒服の男。


「チッ……見られちまったか」


顔を歪ませ、ニヤリと笑う。

炎に照らされ、影が揺れる。


「だが、その判断力……気に入った」

「冥土の土産に、名を教えてやる」


刃渡り三十センチほどのナイフを指で遊ばせながら。


「俺は“鎌鼬(かまいたち)”。いわゆる、殺し屋だ」


風が炎を揺らす。


不気味な立ち姿。

スコールの喉がわずかに鳴る。


「ケイタロウは……もう一人はどうした?」


声が震える。

恐怖だ。


だが、目は逸らさない。


「安心しろ。まだ殺しちゃいない」


鼻で笑う。


「テメェの脇差……かなりの上玉だな」

「それを奪ってから、テメェと一緒に殺す」


鎌鼬の目が細まる。

静かな声。


炎の揺らぎが、神殿の壁を歪ませる。


スコールはわずかに安堵する。

だが、“まだ”だ。


龍魚から託された脇差に手を添える。


柄の冷たさが、

逆に落ち着きをくれる。


ゆっくりと腰を落とし、

居合の構え。


風が止む。


視線は正面。

絶対に、逃げない。


「刀を抜け。斬り合いだ」


鎌鼬が笑う。


風が再び唸る。

スコールの声が、静かに響いた。


「いざ、尋常に……勝負!」


次の瞬間、風が爆ぜた。


戦いが、始まる。


ーーーーーーーー


「いざ、尋常に……勝負!」


火の揺らぎの中、刃が構えられる。


次の瞬間。


「スキル……“俊足しゅんそく”」


鎌鼬の姿がぶれる。


いや、ぶれたのではない。

速い。


一歩が、二歩に見え、

空気が裂ける。


スコールは反射でステップを踏む。

横へ、さらに後ろへ。


ヒュッ——!


ナイフが頬をかすめ、

薄く血がにじむ。


次の一手が来る!


踏み込み。


抜刀!

居合の一閃——


だが、空を斬る。


鎌鼬はすでに後方。

足元の炎を飛び越え、闇へと溶ける。


静寂。


どこから来る。

どの角度だ。


刀を鞘に納める余裕はない。

納めれば隙。


そのとき——


《我を召喚しろ》


脳内に低く響く声。


龍魚。


しかし、

召喚……方法が分からない。


だが迷う時間はない。


「龍魚! 召喚!」


足元に水色の光。

円形の魔法陣が展開する。


空気が湿る。


淡い光の中から現れる、青鎧の影。


「ふむ。上手くいったようだな」


長刀を抜き、前へ構える。


闇の中から鎌鼬の声。


「二対一は卑怯だぞ……」


龍魚が鼻で笑う。


「子ども相手にスキルを使うのは卑怯ではないのか? 余程、腕に自信がないと見える」


歯軋り。


「殺す」


小さな呟き。


そして同時に、

「「スキル——“神速”“心眼”」」


ボッ——。


残っていた炎が消え、

完全な暗闇。


刃と刃がぶつかり、

金属音が連続する。


高速の

読み合い。


風が渦を巻く。


「東刃流……“蝉時雨せみしぐれ”!」


龍魚の声。連撃の嵐。

鎌鼬の刃がそれを受け流す。


火花は見えない。

音だけが弾ける。


その隙。


スコールは意識を沈める。


呼吸。

風の流れ。

床のわずかな振動。

人の気配。


『スキル“心眼”——』


内側から響く。


視覚の代わりに、世界が輪郭を持つ。


神殿の柱。

崩れた石。

風の流線。


そして——


部屋の片隅に、小さな気配。


ケイタロウ。


生きている。

だが動かない。


スコールは静かに駆け寄り、

手で触れる。


ビクンッ。


「俺だ……スコールだ」


低く、落ち着いた声。

気配が、わずかに頷く。


縄。


強く縛られている。


解く。

擦り切れた感触。


自由になった手足が、かすかに震える。


「あいつ……強く縛りやがって……何者だ?」


「“鎌鼬”。殺し屋らしい」


暗闇の中、囁き合う。


「マジかよ……なんで殺し屋がここに……?」


「知らない。だが——」


遠く。


ガァンッ!


重い鎧が地面に倒れる音。


空気が変わる。


まさか…

龍魚が、押されている?


スコールとケイタロウは立ち上がる。


視線は闇の中心へ。


恐怖はある。


だが、それ以上に——


怒り。


守るものがある。


風が再び唸る。


暗闇の中、三つの殺意が交錯する。


戦いは、まだ終わらない。


ーーーーーーーー


ふっ、と。

空気が軽くなった。


いや、違う。

重みが消えた。


龍魚の魔力反応が、途切れた。


それは何より雄弁な合図。


——負けた。

スコールは直感する。


この場にいるのは三人。


自分と、ケイタロウ。

そして、鎌鼬。


ケイタロウは“心眼”を会得していない。


圧倒的に不利だ。


「チッ……」


遠く、舌打ち。


風の流れを読む。


そこだ。

闇の中、輪郭が浮かぶ。


龍魚の鎧は消え、存在そのものが消失している。


そして、鎌鼬のナイフは——

完全に折れていた。


刃先が床に転がる音。


——チャンス。


その直感。

だが次の瞬間。


鎌鼬が肘を曲げる。


ギチリ。


骨が軋むような音。


肘の関節から、刃が生えた。


『そんなのって……ありかよ』

心眼で捉える。


あれは、隠し武器?


いや、違う。

身体の一部。


通常の剣とは明らかに異質。


脳裏に浮かぶ言葉。


——鎌鼬。

その名の由縁。


妖怪。

風を裂く怪異。


まさか、実在……?

思考が一瞬、止まる。


そのとき。


後ろから、肩に触れる手。


「スキル“阿吽の呼吸”だ」

ケイタロウの低い声。


我に返る。


ミョルニル山脈を登る途中、

タカミザワの提案で何度も練習した。


呼吸を合わせる。


意識を合わせる。


感覚を重ねる。


今、それを使う。

いや——使わなければ死ぬ。


「やるしかない」

スコールが呟く。


隣で、ケイタロウが頷く気配。


暗闇の中。


「何、こそこそ話してんだぁ!?」


鎌鼬の怒号。


二人は立ち上がり、

同時に、唱える。


「「スキル——“阿吽の呼吸”」」


呼吸が揃う。


吸う。吐く。

鼓動が重なる。


視界が、揺らぎ、

境界が薄れる。


スコールのスキル“心眼”が、ケイタロウへ流れ込む。


『スキル——“心眼”』


共有。


感覚の可視化。

風の流線。

柱の配置。

床の亀裂。

鎌鼬の体温。


「見える!」


ケイタロウの声が弾む。


暗闇が、地図になる。


「阿吽の呼吸だとぉ……?」


鎌鼬が首を鳴らす。

ポキ、ポキ、と不気味な音。


「面倒だなぁ……」


ゆっくり近づく。


「ちと、本気で行くかぁ……」


その瞬間。


両肩。

両肘。

両膝。

指の間。


刃が生える。


肉を裂いて現れる鋭利な刃。


風が震える。


驚いている暇はない。


スコールとケイタロウは、同時に一歩踏み出す。


呼吸は一つ。


視界は共有。


恐怖は——薄れている。


再び。

戦いの火蓋が、切って落とされた。

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