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369の世界 〜12冊の魔導書〜  作者: ダーク創造神
第一章 小学校低学年
18/25

第17話 風と影

雨はまだ降っているが、先日の豪雨ほどではない。


それでも地面は水を吸いきれず、足元はぬかるみ、川は濁流のままだ。


ずぶ濡れになりながら、ミロクたちは図書館へ駆け込んだ。


重たい扉を押し開けると、そこだけ別世界のように静かだ。


窓辺に立つタカミザワは、紅茶を片手に外を眺めていた。

彼の服は乾いている。雨の匂いすらまとっていない。


「話が違うぞ、タカミザワ」


口火を切ったのはケイタロウだった。


濡れた前髪をかき上げながら、声を押し殺す。


「水の魔素が解放されて、今度は洪水だ。町も畑もめちゃくちゃだ」


苛立ちが滲む。


タカミザワは静かに紅茶を啜り、音を立てずにカップを皿へ戻した。


「それは当然のことだ」


迷いのない声。


「改革には常に、大きな代償が付き纏う」


視線は窓の外の灰色の空へ。


「古代にダイナマイトを作った者がいた。採掘のためだったが、すぐに軍事転用された」


淡々と続ける。


「核……原爆も、元を辿れば原子力発電の技術だ」


新聞を手に取り、ページをめくる。


紙面には、こうある。


《水色の発光体出現後、火災および火鼠による被害は減少傾向》


タカミザワは視線をケイタロウへ向けた。


「火の魔導書を開いた時から、俺たちの運命は動き出した」


一拍。


「これは“責任”だ」


その言葉は重い。


何も知らずに開いた火の魔導書。

拡散した魔素。

そして、広がった火災。火鼠。


知っていれば、開かなかったかもしれない。


唇を噛むケイタロウ。


拳を握りしめる。


タカミザワは続ける。


「魔素が解放されれば、弱い人間も強くなれる」


「インターネットだって、かつては“毒電波”だの何だのと迫害された。だが今は社会の必需品だ」


ゆっくりと席を立ち、ケイタロウの肩に手を置く。


「苦しいのは今だけだ。魔導書を開き続ければ、いずれ賞賛される時代が来る」


声は穏やかだ。

だがその奥には、揺るがぬ確信がある。


ケイタロウの肩から力が抜ける。


ミロクの胸にあった疑念も、少しだけ薄れる。


火の魔導書。

知らずに開き、火災が起きた。


水の魔導書。

知って開き、火災は減り、洪水が起きた。


世界は単純ではない。


悪いことばかりではない。


スコールも隣で静かに頷く。


「俺たちのやったことは、間違いじゃない」


タカミザワは彼らを通り過ぎ、背後の窓へ手を触れた。


雨粒が流れ落ちるガラス。

その向こうで、水色の光が淡く揺れる。


丸メガネのレンズが、わずかに怪しく光った。


彼の視線は、仲間ではなく――


もっと遠く。

もっと先の未来を見ている。


ーーーーーーーー


《水の神殿の調査を中止し、風の神殿を調査せよ》


短い通達だった。


雨に濡れた海沿いの広い駐車場。

灰色の空の下、大型バンが二台並ぶ。


その間に張られた簡易テントの中で、

光の騎士団《遺跡調査班》は円卓を囲んでいた。


波の音と、絶え間ない雨音。


「結局、水の神殿の場所は分からず終いだったな」


バルバトスが肩を落とす。

金色の短髪が湿気でわずかに重く見える。


「国が急かしすぎなだけなのよ」


ヴィネが呆れたように鞭を指先で弄ぶ。


「しかし……次は風の神殿か」


「北方の山岳地帯、“ミョルニル山脈”だったわね?」


「地図は貰ってる。だが――」


バルバトスは空を見上げる。


「水の神殿は見つからず、空気中には謎の発光体……いや、火と水の魔素が現れている」


沈黙。


雨粒がテントを打つ。


「……何かあるわね」


「違いない」


二人の視線は鋭い。


これは単なる遺跡調査ではない。


椅子に深く腰掛けたカイは、足をぶらぶらさせながら缶ジュースを飲んでいる。

八歳の少年の目だけが、不釣り合いなほど冷静だ。


「おそらく国は……いや、魔法教会が何かを隠匿している可能性がある」


バルバトスの声が低くなる。


「"レジスタンス"でもいるのかもしれないわね」


ヴィネが半ば冗談めかして言う。


「それなら、こちらにも情報が回るはずだ」


「言えない事情があるのかも」


バルバトスは頭をボリボリとかく。


そこへ、砂浜の方からアモンが戻ってくる。

濡れた大盾を背負い、重たい足取りだ。


「やはり、何もなかったわぃ」


低い声が雨に溶ける。


バルバトスは立ち上がり、通達を伝える。


「次は風の神殿だとよ」


「……そうかい。相変わらず、国は人使いが荒いのぅ」


ぼやきながらも、アモンはテントの支柱を外し始める。


カイは無言で空を見上げた。


水色の光が、雨粒の隙間で揺れている。


空気中に漂う魔素。

魔法という不可思議な概念。

内容を知らされない秘密裏の調査。


そして、先ほどの言葉。


“レジスタンス”。


もし本当に存在するなら――

自分たちは何と戦うのか。


準備が整う。


テントは畳まれ、装備は積み込まれた。


エンジンが唸る。


灰色の海を背に、

二台のバンは水しぶきを上げて走り出す。


向かう先は、北方――ミョルニル山脈。


風が支配する地。


ーーーーーーーー


ミョルニル山脈。


濃い霧が山肌を包み、視界は数メートル先までしか届かない。

舗装された山道を外れ、さらに脇道へ。

やがて現れたのは、崖のように険しい登り坂だった。


岩肌は濡れ、足場は滑りやすい。


「ミロク、足元に気をつけろよ」


先を行くケイタロウが振り返る。


「ありがとう、ケイタロウ」


差し出された手を、ミロクは素直に掴む。

守人の手は、温かく、力強い。


「しかし、驚いたな」


背後からタカミザワの声。


「何がだ?」


スコールは振り向かずに返す。


「髪だよ。スコールの」


霧の中で揺れる、青髪のポニーテール。


ついこの間まで、黒髪短髪だった少年。

だが水の神殿での覚醒後、色も形も変わった。


「学校の教員が誰一人として咎めなかった」


タカミザワの言葉は冷静だ。


確かにおかしい。


校則は厳しい。

染髪など即指導対象のはずだ。


それを、誰も触れない。


代わりに、騒いでいるのは生徒たちだけ。


「多分、うちの家系が特殊なんだろうな」


スコールは淡々と答える。


「先祖代々、男は青髪だから」


目は前を向いたまま。


「そういうもんかね」


タカミザワの口がへの字になる。


霧の中、四人は黙々と登る。


遠い。


ミョルニル山脈はフロンティア国から遠く離れている。

電車、バス、徒歩。片道一日。


宿泊施設に泊まれる年齢ではない。

選択肢は、野宿。


食料は、自宅の

災害備蓄用の簡易パック三日分。


秋の連休に合わせ、親にはそれぞれ嘘をついた。


『友達の家に泊まる』


胸の奥が、少しだけ痛む。


「バレたら、きっと怒られるだろうな……」


スコールが低く笑う。

だが、その笑いは軽い。


霧が一瞬、風に流される。


その先に、姿を現した。


巨大な石柱群。

空へと突き出す崩れかけた塔。


風の神殿。


常に吹き抜ける気流が、唸り声のように響いている。


「想定通りだ」


タカミザワが、わずかに口角を上げる。


計算は合っている。

だが、自然は計算通り動くとは限らない。


「時間がかかっても、一日で攻略するぞ」


冷静な宣告。


日が落ちれば、山は危険になる。


「もう行くしかないな」


ケイタロウが拳を握る。


ミロクは、風に揺れる神殿を見上げた。


この中に、次の魔導書がある。


風は目に見えない。

だが確かに存在する。


それは希望か、

それとも――試練か。


四人は、足を踏み入れた。


ーーーーーーーー


霧が濃い。


風は一定ではない。

吹き上げ、巻き、突然止む。


その神殿を見下ろす岩場の影に、二つの気配があった。


双眼鏡のレンズ越しに、四人の少年が映る。

濡れた外套、慎重な足取り。

まだ、こちらの存在には気づいていない。


「あんなガキ共に、暗殺者は二人もいらねぇだろ」


低く、鼻で笑う声。


百目ひゃくめ


黒布の下、片目だけが異様に光っている。

魔眼使い。


「なんだテメェ……大蛇(おろち)様に逆らうのか?」


隣で肩を鳴らすのは鎌鼬かまいたち

指先には薄く揺らぐ刃の気配。


風が吹くたび、彼の外套が裂けた影のように揺れる。


「ふん。俺一人で十分だと言っているんだ」


百目は双眼鏡を下ろす。


「お前は邪魔だ。どっか行け」


シッシッ、と手で追い払う仕草。


空気が一瞬、張り詰める。


「“魔眼使い”だか何だか知らねぇがよぉ……」


鎌鼬が親指で自分の首をなぞる。


「調子に乗ってっと、落ちるぞ?」


風が鳴る。


百目はわずかに口角を上げた。


「心底どうでもいい」


その声には感情がない。


「ガキ共を葬るのは――私だ」


瞬間。


霧が揺れた。


そこにいたはずの男は、消えていた。


鎌鼬の眉がひくりと動く。


「いい度胸だ……」


地面の砂利がわずかに浮く。


「マジぶっ殺す」


次の瞬間、彼の姿も霧に溶けた。


残されたのは、風の唸りだけ。

キャラクター紹介


百目(ひゃくめ)

 男性の暗殺者。

 "百の目を持ち"身体に宿している。

 殺した対象から目を奪う趣味があり、

 魔法教会の伝手で、魔物の"魔眼"も集めている。


鎌鼬(かまいたち)

 細身、男性の暗殺者。

 "身体の関節部から刃を生やせる"。

 生き物を切り刻むのが趣味であり、

 刃物に目がなく、剣などを集めている。


 彼らは、人の身でありながら、

 人智を超えた力を扱う"パラドックス"。

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