第13話 魔法について
外は焼けつくような猛暑だった。
アスファルトは揺らぎ、蝉の声は耳鳴りのように響いている。
だが図書館の地下は別世界だった。
ひんやりとした空気。
石壁に滲む湿り気。
紙とインクの匂い。
その中央で、タカミザワはホワイトボードにチョークを走らせていた。
「魔法陣は、基本的に“円”の中に“古代文字”と“古代記号”を書くことで成り立つ」
円の中に細かな文字と記号が描き込まれていく。
「“古代文字”は“設定”。“古代記号”は“導線”だ」
チョークが円の内部を繋ぐ線を描く。
「魔法陣は……プログラミングに近い」
振り返るタカミザワ。丸メガネが地下の灯りを反射する。
ミロクとスコールは真剣に聞いている。
ケイタロウは椅子を傾けながら腕を組んでいた。
「なぁ……」
突然、ケイタロウが口を開く。
「タカミザワは魔力が“1”なのに、どうして何回も魔法が使えるんだ?」
チョークの音が止まる。
静寂。
タカミザワはゆっくりと振り返った。
「いい質問だ」
丸メガネをクイッと直す。
「空気中には常に“無属性の魔素”が漂っている」
指先で空間を示す。
「それを呼吸と同時に吸収しながら、リアルタイムで魔法を発動している。呼吸しながら走るようなものだな」
スコールが目を丸くする。
「それとは別に、外部に魔法陣を展開する場合――空気中の魔素を、そのまま外部魔法陣に利用できる」
「故に、俺の魔力は枯渇しない」
どこか誇らしげだ。
ミロクが小さく手を挙げる。
「もし、体内の魔力が“0”になったら、どうなるの?」
タカミザワは少しだけ視線を落とした。
「この図書館の文献によると……魔力保持者が体内魔力を完全に枯渇した場合、魔力欠乏により肉体的、あるいは精神的な死に至る。らしい」
さらりと言う。
「マジか……」
スコールが青ざめる。
「お前たちが使う“詠唱法”は、外部に魔法陣を展開し、“体内の魔素”と“空気中の魔素”を混ぜて負担を軽減している」
「俺の“記憶法”は、本来体内魔力依存だ。だが俺は外部展開で“空気中の魔素”に“体内魔力”を小数点単位で混ぜて発動している」
指先で小さく円を描く。
「空気中に魔素が無かったり、魔法を乱発しない限り、体内魔力が枯渇することは基本的にない」
本をパタリと閉じる。
少し間を置いて、続ける。
「火属性の魔素は、暖かい場所に集まりやすい。夏は当然、火属性が濃くなる」
地下の空気がわずかに揺らいだ気がした。
「この夏、外には“無属性”と“火属性”がある」
「火属性が濃い状況は、火属性の魔法使いには有利だ。そして……火属性の魔物も、そういう場所に現れる」
ミロクの脳裏にボムとフェニックスが浮かぶ。
松明の炎、そして天井に炎の渦。
「おそらく、他の魔導書も開けば――世界は他の魔素で満ちるだろう」
静かな言葉。
その時。
図書館の古時計が、ゆっくりと十七時を指した。
ボーン。
ボーン。
帰りの時間を告げる音が地下に響く。
「そろそろ帰る時間だな……」
ミロクたちはノートを閉じ、筆箱をしまう。
少しの不安。
少しの好奇心。
少しの違和感。
地下の冷たい空気の中、
彼らはまだ気づいていない。
世界が、静かに組み替わり始めていることに。
ーーーーーーーー
重厚な扉が閉まる音が、石造りの会議室に低く響いた。
長い楕円卓。
壁に刻まれた古代紋章。
窓の外には曇天。
「フロンティア国、光の騎士団、遺跡調査班より報告があります」
黒装束の男――菩薩が淡々と口を開いた。
机の奥、白髪に白髭の大男が頬杖をついている。
「内容はどうだ?」
大蛇の声は低く、退屈そうだった。
菩薩が書類をめくる。
「火の神殿の調査開始時――」
バンッ。
机を叩く音。
「まとめろ」
短く、鋭い。
菩薩は一瞬だけ目を伏せ、咳払いをする。
「少年達の痕跡が確認されました。遺跡内部は戦闘の形跡あり。広間中央の石像は破壊」
静寂。
大蛇の口元がゆっくりと歪む。
「つまり」
白い髭を撫でる。
「少年達が魔法を使い、魔物を倒した……ということだな?」
数秒の沈黙。
菩薩は目を閉じ、低く答える。
「……そう解釈するのが妥当かと」
会議室の端に座る紳士服の男が、静かに笑った。
「実際、火の神殿付近での魔法発動は、魔法観測研究所より正式報告が上がっています」
細い指で資料をなぞる。
「無許可での魔法使用。加えて、禁忌である魔導書の閲覧」
「結果、古代より封印されていた“魔法の概念”が再び浮上」
視線が鋭くなる。
「空気中には火属性の魔素が拡散。すでに一部地域で“火を放つ生物”の出現報告も」
重たい空気が流れる。
「早急に対処すべき事案ですね」
菩薩は静かに頷き、大蛇へ視線を向ける。
大蛇は椅子にもたれ、ゆっくりと笑う。
「我が暗殺者ギルドは動いている」
「調査は始まっておる」
淡々と、
その口元が、愉しむように歪む。
紳士服の男は小さく肩をすくめる。
「しかし、遺跡調査班の動きは鈍いですねぇ」
嫌味を滲ませる声。
「こちらには指揮権がないからな」
「だからこそ、我々には暗殺者がいる」
大蛇は面白そうに目を細める。
菩薩は何も言わない。
言えない。
この魔法教会は、表向きは秩序の守護者。
だが実質は――
暗殺者ギルドの影の支配下。
誰もそれを否定しないし、
否定する必要もない。
窓の外で雷鳴が小さく響く。
封印が解かれた世界に、
動き出す少年達。
そして、
動き出す暗殺者。
会議室の灯りが、わずかに揺れた。
ーーーーーーーー
夏休み中盤の早朝。
まだ蝉も本気を出していない時間帯。
誰もいない図書館の前に、四人の影が立っていた。
丸尾秀樹――マルオ。
その隣には、赤谷焔、通称"アカヤ"。
腕を組み、微笑んだ表情をしている。
小森日和乃、
通称"ヒヨノ"は不安げに周囲を見回し、
十文字白夜、
通称"十文字"は静かに腕時計を確認していた。
「……行くぞ」
マルオが小さく頷く。
壊れかけた窓枠に手をかけ、静かに押し上げる。
軋む音。
四人は順に中へ滑り込んだ。
図書館は静まり返っている。
本棚の間を迷いなく進むマルオ。
ある棚の本を数冊動かす。
カチリ。
隠し通路が姿を現す。
「本当にあったんだ……」
ヒヨノが息を呑む。
地下へと続く階段。
ひんやりとした空気が流れ出す。
四人は降りていく。
そこにあったのは、タカミザワが残した数十枚の資料。
魔法陣の構造について。
魔素の理論について。
そして――
潜在能力開示魔法レベル1の水晶。
マルオはそれを手に取り、目を細める。
「……持ち出すぞ」
静かな決断。
彼らは資料と水晶を抱え、再び地上へと戻った。
場所は小学校旧校舎。
今は使われていない用務員室。
埃っぽい机に資料を広げる。
「マルオの言ってた“あの話”って、本当だったんだな」
アカヤが感心したように言う。
「何か……悪いことしてるみたい」
ヒヨノが小さく呟く。
「魔法、か」
十文字は資料をめくりながら淡々と呟く。
その中心で、マルオは静かに語る。
「俺たちの目的は“秩序を守る”ことだ」
視線はぶれない。
「タカミザワ君たちに対抗するには、同じ土俵に立つ必要がある」
「力を知らずして、止めることはできない」
理性的な声。
彼らは勉強を始める。
こちらは、成績優秀組。
理論理解は早い。
魔法陣の構造も、
魔素循環も、迷いなく吸収していく。
だがマルオは油断しない。
相手はいわゆる“革命側”。
思想に火がついている。
夏の昼下がり。
水晶を中央に置く。
「……やるぞ」
最初に触れたのはマルオ。
淡い光が浮かび上がる。
丸尾秀樹
・攻撃力 10
・魔力 10
・魔法適性 雷
・固有能力 優秀
ヒヨノも続く。
小森日和乃
・攻撃力 2
・魔力 8
・魔法適性 雷
・固有能力 分析
アカヤ。
赤谷焔
・攻撃力 8
・魔力 8
・魔法適性 火/炎
・固有能力 絶対温度
最後に十文字。
十文字白夜
・攻撃力 5
・魔力 6
・魔法適性 影/闇
・固有能力 精密射撃
静寂。
資料に残されていたミロク達のデータ。
それと比較しても、明らかに優れた数値と適性。
「……俺たちの方が、強いな」
アカヤが少し笑う。
「強さは使い方次第」
十文字が冷静に返す。
マルオは静かに水晶を握る。
「これは優劣の話ではない」
「均衡の話だ」
だが、胸の奥で確かな確信が芽生えていた。
彼らは理論で動く。
秩序を守るために。
夏の陽射しが旧校舎の窓から差し込み、
影が四つ、長く伸びる。
革命側と秩序側。
ついに、力の均衡が揃い始めた。
ーーーーーーーー
その夜。
古びた二階建てアパート。
外廊下の蛍光灯が、時折チカチカと瞬いている。
六畳一間の部屋で、十文字は正座をして待っていた。
時計の針が進む音だけが響く。
――ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
「……はい」
低く短い返事。
扉を開けると、
そこには紳士服の男が立っていた。
整えられた髪。
柔らかな微笑。
だが目は笑っていない。
「……どうぞ」
十文字は一歩引き、男を中へ通す。
紳士服の男は靴を脱がず、そのまま畳へと上がった。
だが十文字は何も言わない。
それは“従順”の証だ。
男はちゃぶ台に腰を下ろし、
足を組み、指を組み合わせる。
「進捗はどうかな?十文字」
穏やかな声。
十文字は無言で、
昼間の資料のコピーを差し出した。
「魔法使用者は、タカミザワ、ミロク、スコール。関係者としてケイタロウ」
淡々と報告する。
「それを発見したのは、マルオ、ヒヨノ、アカヤ、そして私」
紳士服の男は資料をめくりながら、満足そうに笑った。
「よろしい……」
ゆっくりと目を細める。
「君の持ち歩く盗聴器から、おおよその話は聞いているよ」
十文字の視線は微動だにしない。
「マルオ君たちは“魔法教会側”」
「そして彼の父は"魔法教会職員"」
資料を閉じる。
「将来的にこちらへ勧誘できれば、処理対象は“革命側”のみで済む」
処理。
その言葉に、重みはない。
ただの業務用語のように。
十文字は静かに頷いた。
感情はない。
それは訓練の成果か、それとも本質か。
紳士服の男は再び資料を開く。
「魔法適性に固有能力……これは有益ですね」
「特に君の“精密射撃”。影属性との相性が良い」
男はゆっくりと立ち上がる。
「暗殺者ギルド、ギルドマスターへ報告しておきます」
一歩近づく。
「十文字。君の初仕事は見事だった」
手を差し出す。
「暗殺者ギルドは、君を歓迎するよ」
十文字はその手を取る。
固く、短く。
次の瞬間。
紳士服の男の輪郭が揺らぐ。
影が滲む。
そして、煙のように消えた。
静まり返る部屋。
蛍光灯の微かな唸り。
十文字は一人、ちゃぶ台の前に座ったまま。
拳をゆっくりと握る。
秩序、任務、正義。
どれも間違ってはいない。
だが――
窓の外で、遠く雷が鳴った。
影は、確かに伸びている。
キャラクター紹介
十文字(十文字 白夜) 誕生日 9月21日 7歳
訳あって、ボロアパートに住む黒髪の少年。
暗殺者の家系、几帳面で完璧主義な性格。
家族構成は父。
父は暗殺者のエリートであり、狙撃銃を使った暗殺に特化している。
十文字一族は、魔族"ヴァンパイア"の血筋であり、普段から"人化"の状態で過ごしている為、太陽の光に身を焼かれることは無い。
アカヤ(赤谷 焔) 誕生日 7月22日 7歳
日光町南側の日光寺に住む少年。
成績優秀で明るく活発でリーダー的な性格。
家族構成は、祖父、父、母。
祖父と父は寺の住職を営んでいる。
母はそのお寺の巫女さん。
それなりに裕福な家庭でアカヤは伸び伸びと暮らしている。




