第11話 火の神殿
夜の山奥。
遠くの山陰から、四つの影がテントの灯りを見下ろしていた。
「タカミザワの言っていた通りだ」
騎士団は来た。
地形、報道の流れ、封鎖年数、国家。
すべてを組み合わせ、タカミザワは予測していた。
この山は、"無心"の所有地。
ミロクにとっては庭同然。
「アイツらにバレる前に行くぞ」
低い声。
四人は闇に溶ける。
獣道を抜け、岩場を越え、湿った斜面を滑るように進む。
ミロクが先頭。
迷いがない。
土地勘がある。
火の神殿は、彼にとって“秘密基地”だった。
やがて霞のかかる山中に、古い石造りの建物が姿を現す。
夜明け前の淡い光が、神殿の上をかすめる。
草木が生い茂り、石階段には藻が張りついている。
「うわっ」
タカミザワが足を滑らせる。
ケイタロウがすぐに腕を掴む。
「気をつけろ」
ミロクはひょいひょいと先へ進み、
マルがその肩に止まり、スコールが後を追う。
「懐かしいな〜」
無邪気な声が広間に辿り着く。
「おまえら……ゼェ……はやすぎ……」
息を切らすタカミザワ。
暗がりの中、彼が指を掲げる。
――光。
淡い魔法の光が広がり、
広間が一瞬で照らされる。
その瞬間。
石壁の古代文字が、淡く反応した。
次々と松明に火が灯り、
ごう、と炎が揺れる。
「おぉ……」
まるでゲームのイベントのような演出。
だがタカミザワの目は笑っていない。
文字を読む。
「マホウノチカラ シメサレシトキ
ソノヨビゴエニ ヒノシンデンハコタエル」
さらに続ける。
「シレン ハジマリシトキ
イシノトビラハトザサレ
オクヘツヅクミチニススメ」
読み終えた瞬間。
――ゴゴゴゴゴ。
背後で石が動く音。
入り口が、重々しく閉ざされる。
外界との遮断。
一瞬、空気が凍る。
「閉じ込められた……?」
ミロクの喉が鳴る。
「落ち着け」
タカミザワの声は冷静だ。
「“試練が始まる時、石の扉は閉ざされる”」
「つまり、想定内だ」
拳を軽く握る。
「この先に火の魔法に関する“何か”がある」
「それを手に入れれば、俺の脱出魔法で出られる」
理詰め。
焦りを抑える。
スコールが木刀を握り直し、
ケイタロウは周囲を警戒する。
ミロクは深呼吸。
マルが小さく鳴く。
――クェ。
広間の奥に、闇が揺れた。
炎の松明が、ふっと不規則に揺らぎ、
足元の石床に、赤い紋様が浮かび上がる。
火。
円。
複数の線。
空気が熱を帯び始める。
そして、どこからともなく。
低い、重たい呼吸音。
神殿は、目覚めた。
ーーーーーーーー
松明の光が揺れる長い通路。
炎は石壁を赤く染め、四人の影を細長く引き延ばしている。
足音だけが、静かに反響する。
「試練……って、何をするんだ?」
ケイタロウの声が、わずかに硬く、
視線を奥へ向けたまま答える。
「古代文字の内容から推測するに――戦闘を行い、適正を判断する、というところだろうな」
その瞬間。
草陰が、ぴくりと蠢いた。
赤く、丸く、どこか間の抜けた小さな魔物が、ぽてりと姿を現す。
「な、なんだあれ?」
ミロクが指をさす。
「あれは“ボム”。火属性の下級魔物だ」
即座に分析するタカミザワ。
「水魔法が有効。油断しなければ危険はない」
そして、視線をスコールへ向けると、
スコールの口元が、にやりと歪む。
「やっと、俺の番か!」
両手を構える。
「水よ……球と成り、赤き魔物を撃ち抜け!――“ウォーターボール”!」
まだ荒削りな水球が、宙を揺れながら飛ぶ。
――命中。
ボムは「キュ〜」と情けない悲鳴を上げ、身体を縮め、じゅわりと溶けて消えた。
「見事だ。初戦にしては上出来だな」
タカミザワが腕を組む。
「よく言うぜ」
ケイタロウが鼻を鳴らす。
だがスコールは、素直に拳を握りしめた。
「やったぜ! 楽勝!」
その姿を、ミロクは羨望の目で見つめる。
風は火を強める。
だから、戦えない。
神殿に入る前に釘を刺されていた。
胸の奥に、小さな棘が刺さる。
スコールは続けざまに水球を放ち、現れたボムを次々と倒していく。
その時だった。
スコールの身体が、淡く光る。
タカミザワがすかさず水晶を取り出す。
「“潜在能力開示魔法”レベル2だ」
スコールが水晶に触れると、
空中に、淡い文字が浮かび上がった。
ーーーー
スコール レベル2
・魔法適正 水/木
・体力 10
・魔力 5
・攻撃力 10
・防御力 5
・魔法攻撃力 3
・魔法防御力 2
・俊敏性 10
・運 2
・固有能力 決死
ーーーー
数字が増えている。
魔力は3から5へ。
攻撃力はケイタロウと並ぶ。
確かな成長。
「マジかよ……負けてらんねぇぜ!」
ケイタロウが前へ出る。
だが、タカミザワが腕を掴んだ。
「やめておけ。ボムは危険だ」
振り払う。
「知るか!」
ケイタロウは駆ける。
20メートル。
10メートル。
5メートル。
ボムが膨れ上がる。
「爆発する!」
タカミザワが叫ぶ。
「風よ! 我らを包め!――“ウィンドウォール”!」
詠唱と同時。
轟音と爆炎。
石片と砂煙が通路を埋める。
「ケイタロウ!」
ミロクの叫び。
煙の中から、人影が現れる。
服は焦げ、破けている。
だが、無傷。
「やはりな……」
タカミザワが呟く。
「守人には魔法が効かない。魔物の魔法攻撃も同様だ」
口元が緩む。
正直…賭けだった。
「チートじゃん!」
スコールが悔しそうに叫ぶ。
だがケイタロウは、肩を落としていた。
「倒す前に爆発された……」
納得がいかない顔。
タカミザワは石を一つ渡す。
「魔物には物理攻撃も有効だ」
薄く笑う。
再びボムが現れる。
スコールの水。
ケイタロウの拳。
タカミザワの補助魔法。
連携が形になっていく。
通路の奥へ。
炎の揺らめきが、より濃くなる。
その後ろを、ミロクは静かに歩く。
戦えていないし、
置いていかれている。
胸の奥で、何かが静かに燻っていた。
火の神殿は、まだ答えを出していない。
試されているのは、誰なのか。
そして、何なのか。
ーーーーーーーー
松明が並ぶ長い通路。
赤い炎が石壁を舐めるように揺れる。
ボムの残骸が、じゅう、と煙を上げて消えていく。
通路の奥から、さらに小さな赤い影が浮かび上がる。
「数が増えてきたな」
タカミザワが静かに言うと、
スコールが前に出る。
「任せろ!」
水球が連続して放たれる。
不安定だった軌道が、少しずつ滑らかになる。
レベル2に上がり、
命中率も上がっている。
数字以上に、実感が伴っている。
一方――
ケイタロウは石を握りしめ、投げる。
石がめり込み、ボムが潰れ、
火花が散る。
「くそっ、魔法が使えねぇのに強いって、なんかモヤモヤするな!」
ケイタロウが叫ぶ。
「贅沢な悩みだな」
タカミザワが鼻で笑う。
その後ろで、ミロクは拳を握る。
自分は、何もできていない。
胸がざわつく。
その時だった。
通路の奥が赤く染まる。
今までのボムより一回り大きい影。
表面が溶岩のように脈打つ。
「中級種だ」
タカミザワの声が低くなる。
「爆発規模が違う。スコール、魔力温存しろ」
だが、スコールは既に詠唱していた。
「水よ――」
「待て!」
タカミザワが止める。
大ボムが、膨れ上がる。
爆発の前兆。
「下がれ!」
ケイタロウが前に出る。
だが、今度は違う。
爆発範囲が広い。
通路いっぱいに赤い光が満ちる。
ミロクの心臓が跳ねる。
使えない。
何もできない。
――いや。
違う。
火は、風で強まる。
だが、向きを変えられる。
熱を逸らすことはできる。
無意識だった。
言葉が零れる。
「風よ、道を開け!」
両手を前に突き出す。
爆発の直前、熱風が渦を巻き、
炎が左右に逸れる。
中央に、一瞬の空間が生まれる。
爆発が通路の壁を焦がす。
直撃は免れ、煙が晴れる。
スコールが息を呑み、
ケイタロウが目を見開く。
タカミザワだけが、静かに笑う。
「……なるほどな」
ミロクは自分の手を見る。
震えている。
「風は火を強めるだけじゃない」
タカミザワが言う。
「制御もできる」
ボムは爆発後、弱体化していた。
「今だ!」
スコールの水球。
ケイタロウの石。
とどめが刺さる。
赤い塊は崩れ落ち、完全に消えた。
通路が静まる。
ミロクは息を吐く。
「……俺、戦えた?」
「ギリギリな」
ケイタロウが笑う。
「マジで助かった」
スコールが素直に言う。
「面白い」
タカミザワがぽつりと呟く。
「火の神殿は“攻撃力”だけを見ているわけじゃない」
通路の奥。
重たい石の音。
次の扉が開くと、
赤い光が揺らめく広間。
中央に、巨大な石像。
その足元に、円形の魔法陣。
熱気が肌を刺す。
神殿の声が響く。
『適性者ヲ示セ』
試練は、まだ続く。
ーーーーーーーー
『適性者ヲ示セ』
重低音のような声が、神殿全体に響き渡る。
次の瞬間。
天井近くの空間が赤く裂ける。
炎が渦を巻き、巨大な影が現れた。
――大きな赤い鳥。
燃え盛る大翼を広げ、火の粉を散らしながら、空を裂くように鳴き声を上げる。
「……あれは……」
タカミザワの喉が乾く。
図書館地下の魔鳥図鑑に記されていた存在。
「神話級の魔鳥……“不死鳥フェニックス”だ……」
空気が一変する。
ボムとは違う。
格が違う。
存在そのものが圧倒的だった。
フェニックスは待たない。
大翼を羽ばたかせ、宙へ舞い上がる。
羽から散る火の粉。
それが床に触れた瞬間、小さな爆発が連鎖する。
「うわっ!」
爆風。
衝撃。
ミロクが反射的に詠唱する。
「風よ! 壁となれ――“ウィンドウォール”!」
風の壁が衝撃を逸らす。
それでも熱が肌を焼く。
「どうする!?」
スコールが叫ぶ。
タカミザワは黙る。
計算が追いつかない。
「チッ! 仕方ねぇ!!」
ケイタロウが走る。
中央の石像を踏み台に跳躍。
宙へ。
フェニックスの足にしがみつく。
「ギギギギ……!」
不快な唸り声。
巨大な翼が荒れ狂う。
壁に叩きつけられるケイタロウ。
石柱が砕ける。
それでも、離さない。
石柱に隠れて作戦を練る。
「空飛ぶ敵には、どうやったら魔法が当たる!?」
スコールが叫ぶ。
「混合魔法だ」
タカミザワが即答する。
「風と別属性を組み合わせる」
「だが、まだ教えていない。すぐに出来るものじゃない」
「やってみねぇと分かんねぇだろ!」
スコールの声が震える。
「このままじゃケイタロウが危ない!」
ミロクは叫ぶ。
タカミザワの目が細くなる。
「呼吸を合わせろ」
「イメージを重ねるんだ」
「……できるか?」
沈黙。
そして。
「……やるしかない」
ミロクとスコールが視線を交わし、
石柱の陰から飛び出す。
荒れ狂う空。
血に滲むケイタロウの服。
壁に叩きつけられ、それでも掴み続ける姿。
その光景が、二人の心を燃やす。
同時に詠唱。
「水よ。風に導かれ、宙を舞う赤き鳥を断て!」
「風よ。水を導き、親友を傷つける炎を裂け!」
「「水刃!!」」
風が水を圧縮する。
細く、鋭く、透明な刃となる。
空気を裂く音。
高圧の水刃が一直線に走る。
――直撃。
フェニックスの喉元。
「ギェ……!!?」
巨体が揺らぐ。
炎が乱れる。
バランスを失い、落下。
轟音。
神殿が震え、
燃え盛る身体が、灰へと崩れていく。
沈黙。
「……勝った?」
「勝ったぞ!!」
ミロクとスコールが叫ぶ。
だがタカミザワは、息を呑んでいた。
「ありえない……」
二人が発動したのは、単なる混合魔法ではない。
呼吸を完全に同調させ、魔力を共鳴させる技能。
――スキル【阿吽の呼吸】。
偶然とは思えない完成度。
灰が舞う。
その中から、ケイタロウが立ち上がる。
傷だらけの身体。
だが、傷はみるみる塞がっていく。
フェニックスの灰が、淡く光っている。
回復の力。
「助かった……」
ミロクが安堵の息を吐く。
その時。
ケイタロウの手の中に、何かがある。
小さな、赤い鳥。
炎のように淡く揺れる羽。
眠るように目を閉じている。
フェニックスの幼体。
それは、静かに呼吸していた。
下級魔物"ボム"
・赤くて丸い小さな魔物。近づくと魔法の爆発をする。
中級魔物"ビッグボム"
・赤くて丸い大きな魔物。近づくと魔法の大爆発をする。
神話級魔鳥"不死鳥フェニックス"
・赤くて煌びやかな魔鳥。回復や蘇生の火魔法を使う。




