第10話 遺跡調査
例の夜の、翌朝。
山の上の天満寺。
台所に、湯気が立ちのぼる。
白米。
味噌汁。
たくあん。
だし巻き玉子。
麦茶。
夏の朝らしい、質素で整った食卓。
ミロクは茶碗を手に、テレビをぼんやりと眺めていた。
「――本日より、我が国“フロンティア王国”の国立騎士、“光の騎士団”が、フロンティア大陸に存在する十二箇所の遺跡を調査する声明を発表しました」
白米を頬張る。
味噌汁をすすり、ふぅ、と息を吐く。
「調査の先鋭部隊として、リーダーの“バルバトス”。サブリーダーの“ヴィネ”。メンバーは“アモン”、そして史上最年少騎士“カイ”の四名が選出されました」
史上最年少。
その言葉に、ミロクの意識がふと引き寄せられる。
画面に映る、若い騎士。
自分とそう変わらない年齢に見える。
その瞬間。
――ひょい。
「あ!」
だし巻き玉子が消えた。
黄色い影、マルだ。
「こら! 勝手に食べるな!!」
思わず立ち上がり、
箸を持ったまま叫ぶ。
大好物のだし巻き玉子。
それが、目の前で奪われた。
これは重大事件だ。
「お兄ちゃん。食事中に立つのは行儀が悪いよ」
冷静な声で話すのは、
一つ年下の妹、ウルル。
小さな湯飲みを両手で持ち、じっと見ている。
「そうだぞ。玉子の一つや二つくらい、大目に見なさい」
父、菩薩も口を挟む。
麦茶を飲みながら、どこか楽しげだ。
「でも!」
抗議しかけるが、三対一。
数秒後。
ミロクは渋々、席に座り直す。
マルは、ちゃっかり皿の上に立ち、
丸い体を膨らませている。
――勝ち誇った顔をしている。
ような気がする。
テレビでは、遺跡を紹介する映像が続く。
巨大な遺跡の入り口。
石柱。
紋章。
“十二”。
その数字が、妙に胸に残る。
やがてニュースは終わり、天気予報へと変わり、
各々、食器を持ち上げる。
シンクに並ぶ茶碗。
夏の光が、台所を照らす。
そして、ふと皿を見ると、
だし巻き玉子は、跡形もなく消えていた。
マルは、満足そうに目を細めている。
ミロクは、深くため息をついた。
けれど、
心のどこかで、テレビの映像が残っている。
遺跡。
騎士。
最年少。
知らない世界が、確かに存在している。
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図書館の地下。
外は真夏だというのに、ここはひんやりとしている。
石の壁が、湿った冷気を抱えている。
「遺跡調査……とうとう動いたな」
タカミザワが自然に口を開く。
丸メガネの奥の瞳が、わずかに細まる。
地下の歴史書をめくる音が静かに響く。
「ニュースにあった十二箇所の遺跡には、この世に存在する“十二属性”の魔法が、それぞれ封印されている」
ページが止まる。
古びた挿絵。
円環状に並ぶ紋章。
「十二属性……?」
ミロクが身を乗り出す。
「火、水、風、土、雷……それだけじゃない」
「古代体系ではもっと細分化されていたらしい」
タカミザワは本を閉じる。
「お前たちにも一応話しておこう」
空気が変わる。
「我が愚父は、“魔法教会”に在籍している」
わずかな沈黙。
「魔法教会は、これらの魔法の存在を公表せず、独断で魔法を行使する組織だ」
「つまり――」
ミロクが呟く。
「魔法の独占、だ」
タカミザワは目を伏せる。
空気が重くなる。
そんな組織があったなんて、
知らなかった。
だが、知った今は、
胸の奥が熱くなる。
「じゃあ、お前も将来そこに入れるのか?」
スコールが率直に問う。
沈黙。
冷気が濃くなる。
「愚問だな」
タカミザワの目が鋭くなる。
「アイツとは縁を切った」
殺気。
一瞬だけ、地下のランタンが揺らぐ。
ケイタロウが慌てて話題を変える。
「じゃあよ、俺らが先に遺跡に入って、お宝を盗むのはどうだ!?」
沈黙の後。
タカミザワの口角が、ゆっくりと上がる。
――パチン。
指が鳴る。
「それだ」
声が低く、楽しげに響く。
「宝があるかは知らん。だが少なくとも、“知的財産”はある」
「それを先に解読し――」
拳を握る。
「最終的には……魔法教会をぶっ潰す」
ミロクとスコールは、無邪気に目を輝かせる。
「いいね!」
「面白そうだな」
ケイタロウだけが、額を押さえる。
「お前らなぁ……」
そのとき。
タカミザワの視線が止まる。
「ミロク。その頭の上の珍妙な物体は何だ?」
「クェ」
黄色い丸い鳥。
マルが、ミロクの頭の上でくつろいでいる。
いつの間に乗ったのか。
タカミザワは、すぐさま地下の魔鳥図鑑を開き、
ページをめくる。
高速でめくる。
そして、止まる。
「……黄色くて丸い鳥など、俺の記憶にも、ここの書物にも記載がない」
眼鏡が光る。
マルは、ぷいと横を向く。
興味なさそうに。
「それに、なんかムカつく態度だ」
「クェ」
明らかに挑発的な鳴き声。
ミロクの脳裏には、朝のだし巻き玉子が蘇る。
あの屈辱。
地下の冷気の中で、
タカミザワとマルの間に、見えない火花が散る。
遺跡。
魔法教会。
十二属性。
そして、正体不明の鳥。
すべてが静かに繋がり始めていた。
ーーーーーーーー
最初の遺跡――火の神殿。
森は深く、陽光は木々に遮られている。
重装備の四人が、獣道を進む。
「この辺りは道が悪いな」
リーダー、バルバトスが足を止める。
巨躯に似合わぬ柔らかな声で、木々にとまる小鳥へ語りかけた。
「ナッツをやる。神殿まで案内してくれないか?」
小鳥が、ぴち、と鳴く。
次の木へ。
さらに奥へ。
「相変わらず顔と図体に似合わない“固有能力”ね」
冷ややかな声。
サブリーダー、ヴィネだ。
「便利だろ?」
豪快に笑うバルバトス。
その能力は、動物との意思疎通。
戦闘向きではないが、探索では無類の力を発揮する。
「秘密裏の調査だ。ヘリは使えん」
「四十年前に閉鎖された禁足区域指定の地。人は来ないはずだ」
重い装備が鳴る。
「その割にはメディアが騒いでたけど?」
「アイツらのほとんどが他国のスパイだ。魔法の存在を暴きたいんだろ」
山を三つ越え、先に山が二つ見える。
「あと五つ跨げば着くってよ」
「……まだ?」
ヴィネが露骨に顔をしかめる。
「最短ルートだ」
ため息が重なる。
「日も落ちる。キャンプにしよう」
古参騎士アモンが静かに言う。
最後尾に、
史上最年少の騎士、カイ。
息が荒い。
だが、弱音は吐かない。
「……そうだったな」
バルバトスがようやく現実に戻る。
「俺がテントを張る。ヴィネは飯、アモンは火起こし。カイは休め」
指示は的確。
「先が思いやられるわね」
ヴィネがぼそりと呟く。
ーーーーーーーー
夜。
山は、昼とは別の顔を見せる。
獣の遠吠え。
鳥の不気味な鳴き声。
焚き火が、ぱちりと弾ける。
串に刺した鹿肉。
アルミカップのコーンスープ。
「物足りないわね」
「現地調達だ。文句言うな」
軽口の裏に、緊張。
「最初は火の神殿じゃな」
アモンが地図を広げる。
「昔は観光地だった」
周囲を見渡す。
コンクリートの道はない。
建物の痕跡もなく、
すべて、森に飲み込まれている。
「明らかに異常だ」
バルバトスが低く言う。
四十年で、ここまで消えるはずがない。
「やはり異変?」
ヴィネが肉を頬張りながら問う。
「鳥に聞いても“そんなものは無い”とよ」
コンクリートは存在していない。
アモンが胸ポケットから石を取り出す。
マナ石。
青緑色に、ぎらりと輝く。
「魔力濃度が濃い」
石を戻す。
「魔力酔いに注意せんとな」
バルバトスが小瓶を配る。
「食後に飲め。酔うと判断力が鈍る」
大人三人は、知っている。
何かがある。
カイだけが、まだ知らない。
だが指示に従い、薬を飲む。
火の番はヴィネ。
他の三人はテントへ。
カイは寝袋に横たわりながら、目を閉じる。
血筋。
才能。
史上最年少。
火の神殿。
魔法という言葉。
胸の奥で、静かに火が灯る。
そのとき、
遠くの森で。
何かが、こちらを“見ていた"。
光の騎士団 遺跡調査
・バルバトス(リーダー)
金色の短髪に大柄の30代男性。武器は大双剣。
固有能力は"動物会話"。
・ヴィネ(サブリーダー)
赤紫色の長髪の20代女性。武器は鞭。
固有能力は"地形把握"。
・アモン(メンバー)
灰色の短髪に大柄の50代男性。武器は大盾。
固有能力は"絶対防御"
・カイ(メンバー)
黒髪短髪の8歳の少年。武器は短剣。
固有能力は"水質理解"。




