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369の世界 〜12冊の魔導書〜  作者: ダーク創造神
第一章 小学校低学年
10/26

第9話 魔法教会

 重厚な扉が、音もなく閉じる。


 外界から完全に隔絶された会議室に、

 円卓を囲む数名の影。


「数日前、日光町西側の砂浜にて――“魔力反応”を確認しました」


 黒装束の男が、静かに報告する。


 感情はなく、声は平坦。


「誤検知では?」


 スーツ姿の紳士的な男が指を組みながら返す。


「いいえ。三重照合済みです。誤差範囲外」


 黒装束の男は書類を机に滑らせる。


 ーー沈黙。


 白髪に白い髭を蓄えた大男が、低く呟く。


「魔物……ではあるまいな」


「可能性は低いでしょう」


「では情報漏洩か?」


 別の影が口を挟む。


「漏洩する文献は、十年以上前に全回収済みです」


 黒装束の男は即答する。

 その言葉に、わずかな緊張が走る。


「……つまり?」


「非登録の魔法使用者が、発生した可能性」


 静寂、空気が重くなる。

 

「"12冊の魔導書"の調査をすべきでしょう」


 スーツ姿の男が視線を横に滑らせる。


「それと…」

「オロチ。貴方のギルドから出せますか?」


 白髭の大男――オロチが、ゆっくりと口角を上げる。


「ふん。高くつくぞ」

「全員、暗殺のスペシャリストじゃからな」


 楽しげですらある。

 だが、その目は冷たい。


 スーツ姿の男は目を閉じ、淡々と言う。


「構いません。ただし――」


 目を開く。


「“あらごと”は避けてください。後処理が面倒なので」


 立ち上がる。


「会長――“ロードオブバーミリオン”に気付かれる前に処理を」


 黒装束の男も席を立つ。


「この会議は存在しない」


 オロチが白髭を撫でる。


「――それで良い」


 重い扉が再び閉じる。


 少年たちの夏の空とは対照的に、


 静かな“狩り”が始まる。


 ーーーーーーーー


 夜明け前の空気は、まだ冷たく、

 竹林が、さわさわと揺れる。


 木刀が空気を裂く音が、規則正しく鳴り響く。


 スコールは、汗を額に浮かべながら、何度も振っていた。


 呼吸を整え、構え、振る。


 硬気。


 呼吸。


 集中。


 だが、何も起きない。


「こんな朝早くから珍しいな」


 低い声。


 道場の入り口に立つのは、父。


 青い短髪を揺らす、筋骨隆々の男。


 かつて“龍殺し”と呼ばれた男。


「父さん、気力って知ってるか?」


 スコールは木刀を下ろし、問いかける。


 一瞬の沈黙。


「……知らんな」


 あまりにも自然な返答。


 だが、その“間”。


 スコールは感じ取る。


 隠している。


 龍は、架空の生物のはずだ。


 それを殺したと呼ばれた男が、

 “気力”を知らないはずがない。


「そっか。漫画みたいな展開は無いかー」


 わざと、

 子どもっぽい声色で軽く言う。


 父は鼻を鳴らす。


「やる気があるのは悪くない」


 壁に立てかけられた木刀を取る。


「どれ、少し打ち合うか」


 静寂。

 その次の瞬間。


 ――バンッ。


 床を蹴る音。

 道着が擦れ、木刀がぶつかる。


 速い。


 重い。


 鋭い。


 スコールは父の木刀をいなし、

 隙を探す。


 だが、隙がない。

 まるで、風のように流れる。


 軟気か?

 いや、それとも――。


 考えた瞬間、

 木刀が、脇腹に入る。


「痛っ!」


 床に膝をつく。


 硬気は、出なかった。


 発動の兆しすらない。


「勝負あったな」


 父はニヤリと笑う。


「ちょっとは成長したんじゃないか? “ちょっとは”」


 その言葉が、胸に刺さる。


 門下生のいない道場。

 静まり返る空間。


 そして、成長しない気力。

 追いつけない背中。


 だが。


 父の木刀が、わずかに震えていたことに、

 スコールは気づかなかった。


 打ち合いの最中。


 一瞬だけ。


 父の目が、驚きに揺れたことにも。


 スコールの足運びが、

 無意識に“流していた”ことにも。


 まだ名のない、気の流れ。


 硬気か、軟気か。


 "何か"の片鱗が、ほんのわずかに揺らいでいた。


 竹林が、強く風に鳴る。


 スコールは知らない。

 自分の中で、何かが目覚め始めていることを。


 ーーーーーーーー


 その夜。


 竹林は風もなく、月だけが白く浮かんでいた。


 道場の灯りは落ち、家の奥の和室だけに柔らかな明かりが残っている。


 スコール――“降”は、すでに眠っている。


 規則正しい寝息。


 障子越しに、その静けさが伝わる。


 卓を挟み向かい合うのは、青木 振と、青木 百。


 振は、静かにお猪口を傾ける。


「“降”の“桜花流”の覚醒は……早いかもしれんな」


 ぽつりと落ちる言葉。


 百が桜色の長い髪を揺らし、微笑む。


「あら、意外ね」


「この間まで、“才能が無い”だの、“覚醒が遅い”だの言ってたのに」


 振は酒を一口含み、目を細める。


「……“降”は、“気力”と“魔力”に気付いている」


 百の瞳がわずかに光る。


「へぇ……魔力にも、ね」


「あぁ。間違いない。“心眼”で見た」


 空気が、少しだけ変わる。


 百は扇子を閉じ、静かに言う。


「魔法教会に、気付かれたかもしれないわね」


「……だろうな」


 蝉の声が、やけに大きい。


 だが、

 その喧騒の奥に、わずかな違和感。


 振は、ゆっくりと立ち上がる。


 百は止めない。


 止める必要がない。


 振は導かれるように、玄関へ向かい、

 引き戸を開ける。


 月光の下。


 そこに立っていたのは、整ったスーツ姿の男。


「……お久しぶりですね。“龍殺し”」


 柔らかな声。

 だが、目は笑っていない。


 振は、無表情で立つ。


「“振”さん、と呼んでいただければ」


 男は微笑む。


「青木 振。桜花流当主」

「十年前、北方山岳地帯にて“龍種個体”を討伐」


「その際、魔法教会の観測網から一時的に姿を消した」


 振は鼻で笑う。


「古い話だ」


「ええ。しかし、最近――日光町西側で“魔力反応”が確認されまして」


 一歩、踏み出す。


「偶然でしょうか?」


 静寂。

 竹林が揺れる。


 振の背後で、百の気配が微かに動く。


「……うちの息子は、ただの子どもだ」


 振の声は低い。

 だが、空気が張り詰める。


 男は軽く首を傾げる。


「そうでしょうか?」


「“桜花流”の血統は、通常の気力体系とは異なる」


「あらゆる可能性を秘める唯一の流派」


 振の瞳が、わずかに細くなる。


「調査のため、しばらく町に滞在させていただきます」


 男は深々と一礼する。


「もちろん、“穏便”に」


 だがその言葉の裏に、別の意味が潜んでいることは明白だった。


 振は、静かに言う。


「息子に手を出せば」


 空気が凍る。


「――次は、龍では済まんぞ」


 一瞬。


 紳士の背後で、月光が揺らぐ。

 見えない刃が交差したかのような緊張。


 やがて男は微笑みを戻す。


「心得ております」


 踵を返し、闇へ溶ける。


 振はしばらくその場に立ち尽くす。


 家の中から、百の声。


「どうだった?」


「……来たな」


 短い返答。


 振の背中は、月光に照らされていた。


 そして、遠く離れた町のどこかで。


 オロチのギルドの刺客が、静かに動き始めていた。


 ーーーーーーーー


 夜。

 山の上の天満寺。


 鈴虫の声が、細く長く続いている。


 本堂の灯りは落ちているが、仏壇の前だけがほのかに明るい。


 ミロクは、座禅を組んでいた。


 背筋を伸ばし、呼吸を整える。


 波の音でも、

 風の音でもない。


 自分の内側を探るように、深く、深く。


 その背中を、無心は静かに見ていた。


「ミロク。寝る時間じゃぞ」


 反応はなく、

 呼吸が、微動だにしない。


 尋常ではない集中。


 無心は何も言わず、寝支度を始める。


 そのとき。


 ――コン、コン。


 寺の門を叩く音。


 無心は小さくため息をつく。


「まったく……」


 門へ向かい、閂を外すと、

 夜気が流れ込む。


 そこに立っていたのは、黒装束の男。


「帰ったぞ。オ・ヤ・ジ」


 軽薄な声。


 ツルツルの頭を触ろうとする手を、無心は払う。


菩薩ボサツ。帰るときは裏口から来いと言っとるじゃろうが」


「いいじゃねぇか」


 肩をすくめる菩薩。


「それより、ガキどもは元気か?」


 無心は仏壇へ目を移す。


「ミロクは朝からあんな感じじゃ」


「へぇ……」


 菩薩の目が、わずかに細まる。


「わしゃ寝る」


 無心はそれ以上何も言わず、奥へ消える。


 境内は静かだ。

 月明かりが、砂利を照らす。


 菩薩は音もなく本堂へ入ると、

 座禅を組むミロクの背後に立つ。


 ゆっくりと、手を伸ばし、

 頭に、ぽんと手を置く。


「うわっ!」


 ミロクが目を開く。


「よ。元気にしてたか?」


 柔らかな声。


「なんだ……父さんか」


 安心したように、肩の力が抜ける。


 菩薩は、にこりと笑う。


「土産があるんだが、食うか?」


 差し出したのは、


 “世界樹温泉饅頭”。


 そして――。


 小さな籠の中。


 黄色く、丸い、生きた鳥。


 見たことのない種。


「こいつの名前は“マル”だ」

「仲良くするんだぞ」


 ミロクの目が、ぱっと輝く。


「よろしく! マル!」


「クェ!」


 元気な鳴き声。


「長期出張で疲れた。俺は寝るぜ」


 菩薩はひらひらと手を振る。

 だが、寝室へ向かう前に、振り返る。


「ミロク」


 優しい笑顔。


「楽しめよ」


 そして障子が静かに閉まる。


 再び、鈴虫の声。


 ミロクはマルを両手で包み、微笑む。


 仏壇の前の空気は、

 わずかに揺らいでいた。


 すべての線が、まだ見えない糸で繋がり始めている。


 そしてその中心にいるのは、

 まだ何も知らない、ひとりの少年。

青木(あおき) (しん) スコールの父親

青木(あおき) (もも) スコールの母親

青木(あおき) (さくら) スコールの姉

青木(あおき) (こう) スコール

 

菅原(すがわら) 無心(むしん) ミロクの祖父

菅原(すがわら) 菩薩(ぼさつ) ミロクの父親

菅原(すがわら) (うるる) ミロクの妹

菅原(すがわら) 弥勒(みろく) ミロク

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