75話 愛らしいルーカスとアイリス ―引き継光の血脈と親馬鹿な牽制―
町や村の視察を終え、心地よい疲れと共に城へと戻ると、夕映えに染まる美しい庭園で、カイルとアリアが子供たちを連れて待っていた。
最初に駆け寄ってきたのは、もうすぐ二歳になる長男のルーカスだった。カイル譲りの艶やかな漆黒の髪に、アリア譲りの赤紫からピンクへと移ろう瞳。
ルーカスは小さな木製の剣を抱え、アーサーの前までとてとてと駆け寄ると、
どこかぎこちないながらも、教え込まれた通りに一生懸命、ぺこりと頭を下げた。
「アーサーおじしゃま、こんにちは!ぼくルーカス!パパとママにね、えらいえらいってされて、まいにち、えいっ!ってちてるの。ルーカスね、おおきくなったら、みんなまもりゅ」
舌足らずで無邪気な言葉遣いと、小さな胸を張る仕草。
三歳に満たない子供なりに、精一杯“挨拶”をしようとするその姿に、アーサーは思わず目を見張った。
「ルーカスは本当に勇敢だね。
そんなふうに真っ直ぐな気持ちで言われたら、きっとみんな嬉しいよ。
大きくなったら……父上みたいに、この辺境を守る人になるのかな?」
「ううん。ルーカスはね、パパとママがだいしゅき。いっしょに、まもりゅの。ないちゃう人、いなくしゅるの!」
カイルの持つ強靭な力と、アリア殿の持つ慈愛。その両方を受け継いだルーカスの言葉に、アーサーとリリアは顔を見合わせ、温かな微笑みを交わした。
続いて、アリアに抱かれた生後まもない長女、アイリスに視線が移る。白銀の髪に、カイルから受け継いだ深く艶やかな黒曜石の瞳。リリアは、その可愛らしさに堪らずアイリスをそっと抱き上げた。
「まあ……なんて愛らしいのでしょう。この瞳、カイル様と同じ気高い黒曜石の色をしていますのね。……あぁ、でも見て、アーサー様! この子の瞳、奥に虹が閉じ込められているようですわ。なんて美しいのかしら……」
アイリスはにこにこと笑いながら、リリアの胸元に顔をうずめた。その様子を隣で見ていたアーサーも、愛おしそうにアイリスの小さな手に触れる。
「リリア。君となら、私も安心して王国の未来を託せる。何より、君との間に授かる子供は、きっとこの子たちのように希望に満ちた子になるだろうな。……なあ、カイル。もし私に息子が生まれたら、アイリスを……」
アーサーが冗談めかしてそう言いかけた瞬間。
その時だった。
それまで木剣をぎゅっと握って様子を見ていたルーカスが、
とてとてと前に出ると、アリアに抱かれたアイリスの前に立ち、小さな両腕をいっぱいに広げた。
「だめだよー。
アイリスは、ルーカスのいもうとだもん。
ルーカスが、まもるの」
そう言って、精一杯の“強い顔”をしてアーサーを見上げる。
その光景を見た瞬間、
カイルの胸の奥が、じわりと熱くなった。
(……まったく。まだこんなに小さいくせに)
(だが、間違いなく――俺の息子だ)
それまで穏やかに微笑んでいたカイルの瞳が、ふっと「氷の辺境伯」の鋭さを取り戻した。カイルはリリアの腕からひょいとアイリスを抱き寄せると、愛娘を隠すようにアーサーを牽制した。
「……アーサー。お前が親友であっても、それだけは別の話だ。アイリスは誰にもやらん。たとえお前の息子であろうとな」
「ははっ、手厳しいな。まだ生まれてもいない息子の恋路が、早くも父親の親友に絶たれるとは」
アーサーは苦笑したが、カイルのその親馬鹿な拒絶は、それだけ彼が今の家庭とアイリスを、命に代えても守りたい宝物だと思っている証拠だった。
リリアはアーサーの腕に寄り添い、そしてアリアはカイルの隣で、それぞれの胸に去来する不思議な予感に、そっと目を見開いた。
リリアの脳裏には、まだ見ぬ我が子――と、この美しいアイリスが、黄金の風の中で手を取り合う輝かしい未来が、確かな輪郭を持って浮かんでいた。
一方のアリアもまた、調和の力ゆえか、妹の息子と自分の娘が深い絆で結ばれる運命の糸を、同じ瞬間に感じ取っていた。
今はまだ、互いが同じビジョンを共有していることさえ知らない姉妹。
しかし、愛娘を抱きしめて「誰にもやらん」と息巻くカイルの後ろで、アリアとリリアは誰に気づかれることもなく、未来の予兆にそっと微笑みを交わし合っていた。
二組の夫婦の愛が重なり合い、庭園には王国の黄金時代が身体を通じて血脈として繋がっていくことを予感させる、どこまでも温かな時間が流れていた。




