59話 王太子アーサーの信念 — 腐敗の中に立つ孤高の光
王太子アーサーは、自身の弟アルフレッドや国王とは、決定的に異なる王の資質を秘めていた。
王城の執務室で、アーサーは古い歴史書を閉じ、深い溜息をついた。彼の視線の先にあるのは、自身の権力ではなく、このアルカディアス王国の基盤そのものだった。
「このままでは、王国の屋台骨が崩壊する……。なぜ父上も弟も、それが分からぬのだ」
アーサーは、自らの母である王妃の度重なる浪費癖が国庫を圧迫し、弟アルフレッドの権力への異常な執着が貴族たちの離反を招いていることに、強い危機感を抱いていた。
そして、それらを御しきれない国王の優柔不断な統治。王都の社交界が贅沢に耽っている間にも、王国の実力者たちは少しずつ、中央への信頼を失いつつあった。
そんな中、アーサーが最も心を痛めていたのが、ローゼンベルク辺境伯家に対する王家の仕打ちだった。
「先代辺境伯がどれほどの献身をもって国境を守り抜いたか。その犠牲の上に、この王都の安寧があるというのに」
アーサーは、カイルにかけられた「王家の呪い」の正体を知る数少ない人物の一人だった。
彼は幼い頃から、カイル・ローゼンベルクとは良き幼馴染であり、切磋琢磨し合うライバルでもあった。カイルの底知れぬ聡明さと、王家が負わせた理不尽な呪いに苦しみながらも、辺境を統治し続ける彼の高潔さを、アーサーは誰よりも認めていた。
「カイルよ。お前が呪いという地獄に耐え続けている間、私はこの泥沼の王宮で、お前の帰るべき場所を……この国を、何としても守り抜いてみせる」
それは、王族の血を引く者としての謝罪であり、親友への誓いでもあった。
王家がカイルを制御不能な怪物として忌み嫌い、自滅を待つ一方で、アーサーは水面下で孤独な戦いを続けていた。
彼は王城の禁忌書庫に何度も忍び込み、聖典『真の聖女(トゥルー・セイクリッド』などに王族の罪そのものである呪いを解く手がかりを、必死に探していたのだ。
カイルを危険視し、排除しようとするのは愚策の極み。彼らとの真の和合こそが、この国に真の繁栄をもたらす唯一の道だとアーサーは強く信じていた。
「アルフレッドは、リリア嬢の光を担ぎ出して自らの権力の盾にしようとしているが……。それが真の闇に飲み込まれる時、この国の命運は私とカイルの手に委ねられるだろう」
アーサーは、自身の執務室に隠された地図を広げた。そこには、王都と辺境を繋ぐ新たな物流の道や、防衛ラインの再構築案が、緻密な筆跡で記されていた。
「アリア・リーゼンバーグ令嬢……。いや、今はアリア・ローゼンベルク辺境伯夫人か。あの無色と呼ばれた方が、お前の孤独を少しでも癒やしてくれることを願うよ」
親友の無事を祈りながら、アーサーは再びペンを取った。いつかカイルが王都へ戻り、共にこの国を立て直すその日が来ると信じて、彼は腐りかけた王宮の中でたった一人、正義の火を灯し続けていた。




