5話 「幻の番」の可能性
カイルは、アリアの周囲で自身の魔力が吸い込まれるように収束したあの現象を、決して見逃さなかった。
生まれた時から膨大な魔力に内側から焼かれ続けてきた彼にとって、あの一瞬、彼女の周りにだけ訪れた静寂は、生まれて初めて触れた救いの光だった。
彼女は何をしたわけでもない。ただそこに立っていただけだ。にもかかわらず、彼の荒れ狂う魔力は、彼女の輪郭に触れた瞬間に牙を剥くのをやめ、嘘のように穏やかになったのだ。
「執事、この娘を丁重に扱え。だが、城から一歩も出すな。……常に監視下に置け」
カイルは地響きのような低い声で命じた。
「それは……監禁ではございませんか?」
執事の問いに、カイルは鋭い眼光を向けた。
「違う、監視だ! 彼女は私の番となるかもしれない重要な存在なのだ。寸分違わず、彼女の体調の変化、魔力的な兆候を詳しく報告せよ」
カイルは脳裏で何度も、あの不可思議な光景を反芻した。
もし彼女が、伝承に謳われる幻の番……魔力過少、あるいは魔力無効化の特異体質であれば彼女の存在そのものが、魔力を鎮める鍵になるはずだ。
そして無色の聖女の特徴もまた幻の番と酷似している。
しかし、カイルの胸に去来するのは、期待よりも深い忌まわしい記憶だった。
かつて魔力を譲渡した際の悪夢。
強大すぎる魔力に耐えきれず、精神を蝕まれて命を落とした女。あの理性を失った虚ろな瞳が、今も脳裏に焼き付いて離れない。
(私の魔力は、人を壊す毒なのだ。……ましてや、あんなに小さく痩せっぽちな娘だぞ)
アリアは小さく痩せ細っており、あまりにも脆そうだ。精神を汚染する中毒症状以前に、この自分という異形の巨躯が放つ威圧感と魔力の奔流をぶつければ、それだけで彼女の命の灯火を容易に消し去ってしまうのではないか。
二度と、己の力のせいで誰かを人ですらなくしてしまうような真似はしたくない。
「……まずは、見極める時間が必要だ」
彼女の存在そのものが、私の毒を無効化できる幻の番の証なのか。
カイルはアリアを辺境伯夫人として遇するよう命じつつも、その実態は、彼女という存在の真実を見極めるための、厳重な監視下に置くことを選んだのである。




