58話 王子の秘密と「真の聖女」への傾倒
第二王子アルフレッドは、狡猾な野心家であると同時に、古の聖典——「真の聖女」という絶滅したはずの力に、異常なまでの執着を見せていた。
彼は王城の禁忌書庫に籠もり、真の聖女こそが国を真に安定させ、自らの王権を絶対のものにすると信じて、その発現条件を独自に研究し続けていた。
その彼が、聖女の血脈であるリーゼンバーグ侯爵家に目をつけたのは必然であった。
アルフレッドは、長女アリアを幼少期から真の聖女の有力候補として密かに監視していた。
しかし、成長した彼女の姿は、彼の身勝手な理想とはかけ離れていた。
白銀の髪こそ特異だったが、その身体はあまりに華奢で、どこか頼りなげな子供のような成り。そして何より、聖女判定において「無色(無反応)」という結果に終わったことが決定打となった。
「こんなひ弱な器が、世界を調律する『真の聖女』であるはずがない。私の研究は、ここで潰えるのか……」
失望したアルフレッドは、アリアを「欠陥品」として切り捨て、興味を失った
。
代わりに現れたのが、妹のリリアだった。
見目麗しく、歴代でも最強と謳われるほど鮮烈な光の魔力を放つリリアは、アルフレッドが求める王妃としての華やかさと道具としての実用性という二つの打算を完璧に満たしたのである。
アルフレッドの最終目標は、既に地位を確立している王太子を蹴落とし、自らが次期国王の座を奪い取ること。そのために、彼は二つの駒を盤上に配置した。
リリア: 強大な聖女の力と魔力、そして王都での圧倒的な名声を、王権強化のための『表の切り札』とする。
カイル: 彼の魔力過多が王家の呪いによる自滅へのカウントダウンであることを知っていたアルフレッドは、アリアを押し付けることで辺境伯を制御不能な怪物として辺境に隔離。いずれ自滅させてその広大な領地を王家に回収するための『裏の生贄』とする。
「リリア。君の魔力はこの国を治める上で不可欠だ。辺境伯は力を制御できぬ哀れな怪物に過ぎないが、貴女と私が組めば王国の秩序は絶対となる。貴女こそが、この国の新しい光だ」
アルフレッドの甘い言葉を、リリアは純粋に信じ、姉アリアを完全に見下すことで自らの優越感を満たした。
しかし、アルフレッドは致命的な過ちを犯していた。
彼が文献で追い求めていた真の聖女の特徴——あらゆる魔力を等しく受け入れ、無に帰す平穏の力。それこそが、判定器すら反応させなかったアリアの無色の特性そのものだったのである。
皮肉にも、アルフレッドが隔離したはずのカイルの漆黒の愛が、アリアの中に眠る調和の器を完全に目醒めさせてしまった。
アルフレッドの打算と野心は、真の光を自らの手で放り出した瞬間に崩壊を始めていた。
彼は生涯知ることはないだろう。
自身が『器の欠落』と嘲笑い、難解な禁書の行間に求めた真実の答えが、かつて彼が「子供の寝言」と切り捨てたローゼンベルクの古き絵本の中に、あまりに鮮やかに記されていたことを。
彼は自らの手で、王太子をも凌駕する王国最大の守護者、あるいは脅威となる最強の辺境伯夫妻を誕生させてしまったことに、まだ気づいていなかった。




