56話 優秀な聖女と王子の視点
アリアが厄介払いとして辺境伯カイルの元へ送られた後、リーゼンバーグ侯爵家はアルフレッド王子と次女リリアの婚約が異例の速さで進められていた。
これには、父エルヴァンの強い執念があった。無色という汚点を残した長女を辺境へ追いやったことで、彼は家門の名誉をリリアによって上書きしようと目論んだのである。
侯爵家は総力を挙げて王家へ働きかけ、リリアこそが王妃にふさわしい真の聖女であることを積極的に売り込んだ。
リリアは、公称通り聖女の力のみならず、魔力の保有量も極めて高かった。その華やかな美貌と、全身から溢れ出す輝かしいオーラは、王都の貴族たちから「真の聖女、次期王妃にふさわしい光の申し子」と喝采を浴び、エルヴァンの期待に完璧に応えてみせた。
一方、アルフレッド王子にとっても、この婚約は自らの狙い通りに進んだ、理想的な展開であった。
無能と断じたアリアを駒として辺境へ放逐する一方で、リリアという強力なカードを確実に手中に収める。王位継承を盤石にするためのその筋書きを、彼は早くから裏で画策していたのである。
こうして、名誉を欲する侯爵家と、力を欲する王子の利害は完全に一致した。
アルフレッドは当初、表面上は情熱的な求愛を演じてみせた。
「リリア嬢。貴女の魔力はこの王都の未来そのものだ。私は、貴女のような賢明で強き力を持つ女性こそ、私の隣で王国を統べるにふさわしいと確信している」
その言葉に、リリアの頬は高揚に染まった。
かつて同じ屋敷にいた姉が成し得なかった、王族との婚約。それこそがリーゼンバーグ侯爵家の名誉を回復する唯一の道だと信じていた彼女にとって、王子の称賛は至上の悦びであった。
だが、二人の語らいには、常に「消えた姉」の影が付きまとっていた。
アルフレッドがリリアに興味を示した決定的な理由は、リリア自身と父エルヴァンが「判定で無色だった姉とは違う」という事実を、誇らしげに、そして残酷に強調したからであった。
ある夜、アルフレッドはリリアに、探るような視線を向けながら尋ねた。
「ところで、貴女の姉上は辺境伯の元で上手くやっているだろうか? あの男は魔力過多で制御不能な怪物と聞くが……今頃、姉上は無事なのか?」
リリアは淑やかな微笑を浮かべつつ、心に潜む姉への複雑な感情を塗りつぶすように答えた。
「お姉様は……私とは違い、残念ながら聖女の力に恵まれませんでした。ですが、辺境伯様のため、家門の盾として尽くすことこそ、あの人の唯一の価値でしょう。私は……私は姉様とは違います。
聖女として選ばれた者として、殿下の力となり、この国に光をもたらすことこそ、私の使命だと――そう信じておりますわ」
「私はアリアとは違う、選ばれた聖女である」
リリアがそう繰り返すたびに、アルフレッドの口元には歪な笑みが浮かんだ。
(それでいい。この女も、あの侯爵も、自分たちが優秀な道具であることを証明するために、必死に私に尽くすだろう。実に扱いやすい)
リリアは、王子の冷徹な眼差しが自分ではなく、自分の持つ魔力という数値だけを見ていることに気づかなかった。
彼女は父エルヴァンと共に、王都中から寄せられる羨望の眼差しを浴びながら、自らが偽りの栄光の中にいることさえ知らず、アルフレッドに心を開いていったのである。




