54話 アリア・リーゼンバーグが育った家 — 血脈の皮肉
現在、辺境伯夫人としてカイル・ローゼンベルクの最愛の妻となったアリア。
彼女が今、幸せの絶頂で思い返すのは、かつて「アリア・リーゼンバーグ」であった頃の、凍てついた日々の記憶だ。
アリア・リーゼンバーグが育った家は、代々強力な聖女を輩出してきた名門であり、その誇りは選民意識に近い厳格な規律によって保たれていた。
アリアの容姿は、皮肉にも一族の血統を完璧に体現していた。母ロザリアから受け継いだ、目も眩むような「白銀」の髪。そして、父エルヴァンの瞳の色に母の純潔を混ぜたような、神秘的な「赤紫〜ピンクのグラデーション」の瞳。その姿は、誰が見ても「リーゼンバーグの正統なる申し子」そのものであった。
しかし、その完璧な容姿に反して、幼少期に行われた聖女判定で下された判定は無色。
期待が大きかった分、家族の落胆は憎悪に近いものへと変わった。「形ばかりで実の伴わぬ、家門の面汚し」——そのレッテルが、アリアから自由を奪い、家族という名の孤独な檻に彼女を閉じ込めた。
父エルヴァンにとって、アリアは家門の期待を裏切った象徴であった。彼は娘と視線を合わせることすら忌避し、彼女が勇気を出して話しかけても「家門の名誉をこれ以上損なうな」と冷徹に突き放すだけだった。アリアにとって父は、愛情を知らぬ恐怖の象徴として君臨していた。
母ロザリアもまた、自身と同じ白銀の髪を持ちながら無力である娘を、社交界での失態として疎み、徹底して無視した。彼女の全ての慈しみは、プラチナブロンドの輝きと共に優秀な力を見せた妹リリアへと注がれた。
しかし、その冷え切った屋敷の中でも、密かに息づく想いがあった。
妹のリリアは、幼い頃、誰よりも姉を慕っていた。自分とは異なる、血脈を象徴する白銀の髪を持つ姉を、まるで本物の妖精のようだと憧れていたのだ。
リリアは、アリアが庭で精霊と話しているのを知っていた。聖女判定で最高値を叩き出した自分にさえ見えないものが、なぜ無能とされる姉に見えるのか。リリアの心は、姉への敬愛と、聖女としての役割を果たせない姉への冷ややかな羨望という、複雑な葛藤に揺れていた。
長男のゼノは、父と同じ漆黒の髪を持つ守護者として、常に冷徹に振る舞わねばならなかった。
しかし彼は、アリアが両親から冷遇されるたびに密かに胸を痛めていた。夜、誰にも見つからぬよう渡した菓子と「辺境なら自由になれる」という言葉。それは、次期侯爵として家門に縛られる彼が、アリアだけでもこの呪縛から逃がしたいと願った、精一杯の愛だった。
そして、四男のガイアス。父の漆黒を継ぐ彼は、家門のしがらみなど知らぬまま、ただ純粋にアリアを大好きな姉様と慕った。「僕が最強になって、姉様を絶対に守ってあげる!」という言葉。その無垢な瞳だけが、アリアの凍えた心を微かに温める唯一の救いだった。
アリア・リーゼンバーグという少女は、家門の血統を最も美しく体現しながらも、聖女判定という非情な物差しによって、存在そのものを否定され続けた。
しかし、彼女の瞳に宿る調和の色も、白銀の髪も、すべては最強の辺境伯カイルと出会い、真の力を開花させるための伏線であったことを、当時の家族はまだ知る由もなかったのである。




