51話 カイルが淹れる一杯 — 苦い記憶を溶かす琥珀
アリアの作る料理やお菓子にすっかり胃袋を掴まれて以来、カイルはその献身的な愛情に報いるように、ある小さな習慣を始めていた。
それは、辺境の森の奥深くに自ら分け入り、魔力に頼らずとも見極められる香り高いハーブを摘み、希少な鉱脈から湧き出る清らかな水で丁寧に煎じる――
一日の終わりに心と身体を休めるための、特別な一杯を淹れること。
この琥珀色の飲み物は、無意識のうちに多くの感情や出来事を受け止めてしまうアリアの心身を静かに労わり、深い安らぎへと導くものだった。
毎晩、寝室の暖炉が静かに燃える頃、カイルはその一杯を差し出す。
「アリー。今日も一日、お疲れだっただろう。……これを飲んで、少し休んでくれ」
強い命令でも、特別な意味付けでもない。
ただ、隣にいる者としての自然な気遣い。
その何気なさが、かえってアリアの胸を温かく満たしていた。
カイルがこの飲み物にこだわる理由を、アリアはすでに知っている。
かつて、魔力過多に苦しんだ若き日の彼が与えられていたのは、安定のためと称される、苦痛と屈辱を伴う薬だったこと。
魔力を抑えるために、存在そのものを否定されるような日々だったことを。
だからこそ、カイルは誓ったのだという。
――自分が大切に想う者には、決して同じ思いをさせない、と。
彼が淹れるその一杯は、見た目は深い琥珀色だが、口に含むと柔らかな香りが広がり、後味にはほのかな甘さが残る。
それは過去の苦い記憶を、少しずつ塗り替えていくための、静かな優しさだった。
「カイル様……このお茶、とても落ち着きます。飲むと、心まで温かくなるみたい」
「そうか。それならよかった」
そう答えながら、カイルは少しだけ照れたように視線を逸らす。
この一杯は、彼にとってもまた、過去を乗り越えた証であり、
漆黒の辺境伯が持つ、誰にも見せない穏やかな時間だった。




