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【全年齢版】呪われた辺境伯と無色の聖女  作者: 真紅愛


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4話 無色の静寂



王都から数日をかけ、アリアを乗せた馬車はローゼンベルク城の門をくぐった。


馬車から降りたアリアは、辺境の寒風に身を縮めた。そして、城の玄関に立つ男を見て、息を呑んだ。


それがカイル・ローゼンベルク辺境伯であった。


噂通り、彼の身体は常識を超えて巨大だった。分厚い、深緑色のローブを羽織っているにもかかわらず、その膨れ上がった体躯は隠しきれない。顔には、過剰な体脂肪のせいでできた二重顎が目立つ。


しかし、アリアの瞳は、彼の身体ではなく、彼を取り巻く何かに釘付けになった。


(これは……)


カイルの周囲には、濃密で黒い、澱んだ霧のようなものが渦巻いていた。それは、空気がよじれ、空間が歪むほどのエネルギーの塊だった。アリアの目には、その霧が、カイルの皮膚から絶えず湧き出し、制御を失って蠢いているのが見えた。


それは、カイルの魔力だった。


「ようこそ、リーゼンバーグ侯爵令嬢。私がカイル・ローゼンベルクだ」



カイルの声は太く、その口調には明らかに不機嫌さが滲んでいた。彼はアリアを一瞥し、すぐに不満そうな表情を浮かべた。



(ふむ。……確かに噂通り、小柄な女だ。いや、痩せすぎているな。本当に18歳なのか?王都での生活は苦しかったと見える)



アリアは、小柄でやせ細った体を見下ろすカイルの視線に、わずかな屈辱を感じた。だが、彼女の意識は、それよりもカイルの身体が発する苦痛の音に向けられていた。


(この方、痛がっている。身体が悲鳴を上げている……!)



アリアには、カイルの体内で渦巻く魔力から、まるで生き物のように絶叫する声が聞こえた。それは、オーバーフロー寸前の水槽が軋む音、あるいは火山の内部で溶岩が膨張する音のようだった。



「恐れ入ります、ローゼンベルク辺境伯様。リーゼンバーグ侯爵家の長女、アリアでございます。」



アリアは深く頭を下げた。その時、彼女の身体に、かつてないほどの静寂が訪れた。



カイルの放出する膨大な黒い霧がなんと、一直線にアリアに向かって流れた途端、一瞬にして掻き消えたのだ。まるで、アリアの存在自体が、その魔力の流れを完全に吸い込み、無に帰したかのようだった。



カイルは、一歩後ずさった。


「……何だ、今のは?」


彼には、アリアの周りの空気が一瞬、無色透明になったように感じられた。長年、魔力過多に苦しみ続けてきたカイルの感覚は、周囲の魔力の変化に極めて敏感だ。自分の体から発散された魔力が、彼女に触れる直前で、消滅したのだ。



それは、魔力を持つ者が近づいた時に感じる魔力の圧力とは真逆の、無の衝撃だった。



カイルは、肥満で重たい体を動かし、アリアに顔を近づけた。



「貴様は、魔力なしなのか?」



彼の瞳が、アリアの赤紫からピンク色に移ろう瞳を見定める。

    


その瞬間、カイルの魔力は、アリアの「魔力なし」と呼ばれる特異体質、すなわち魔力が皆無ゼロである状態に、激しく反応した。


カイルの身体から、ゴオォ、という低い唸りが響き、黒い霧が、まるで飢えた獣のようにさらにアリアへと押し寄せた。



「うっ……」


(このこれまで感じたことのない圧はなに!?)


アリアは思わず膝をついた。彼女の目には、その黒い霧が、彼女の周りで猛烈な勢いで回転し、収束しているように見えた。それは、まるで巨大な渦が、小さな一点に向かって引き込まれていく現象だった。



カイルは驚愕した。



(まさか……この娘は、魔力を無効化しているのか? いや、違う。これは、魔力を……吸い込んでいる?)



一族の極秘書に記された、お伽話だと思っていた記述が脳裏をかすめる。



『真なる番は、猛れる影をすべて飲み干し、静寂へと変える「空白の器」なり』。



彼の身体が、長年感じたことのない軽さを一瞬感じたのだ。それは、魔力暴走の淵にいる彼にとって、生きるか死ぬかの瀬戸際で得た、最初の安堵だった。



アリアは、その強力な魔力の奔流の中で、精霊たちの声を聞いた。



「このお方は、あなたの聖女としての力を求めている」

「この澱みを、あなたの中へ」



アリアの身体は震えていたが、痛みはなかった。



それどころか、祖母の薬でずっと凍りついていたような身体の内側が、彼の熱い魔力に触れて、じわりと溶け出していくような感覚。



身体の中心にある「から」の何かが、初めて意味を持って満たされていく。



(……痛くはないけど、不思議な……温かい感覚……)



「貴様……まさか、本当に……幻の番、無色の聖女なのか?」



カイルは、魔力の発散で頭が熱くなり、興奮と混乱が入り混じっていた。


この小柄で痩せ細った、魔力なしのできそこない……


いや、何色にも染まっていないからこそ全てを飲み込めるこの少女こそが、彼の命を救う伝説の存在である可能性があると、本能が叫んでいた。



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