48話 聖女の初めての酩酊 ― 甘い果実酒と揺れる誓い
誘拐という痛ましい事件から数日。
アリアはカイルの献身的な看病と、片時も離れない過剰なほどの愛情に包まれ、ようやくローゼンベルク城での穏やかな日々を取り戻していた。
その夜、カイルはアリアの快復を祝うため、城の地下貯蔵庫に大切に保管されていた特別なワインを用意した。
「アリー。これは王都でも珍しい、非常に甘い果実酒だ。これなら少しだけでも楽しめるだろう」
アルコールを口にしたことのないアリアは、赤紫からピンクへと移ろうグラデーションの瞳を好奇心に輝かせ、クリスタルのグラスを受け取る。
「わぁ、なんて芳醇でいい香り……。ありがとうございます、カイル様」
甘い香りに誘われ、アリアは恐る恐る口をつけた。
彼女の聖女としての器は強大だが、酒への耐性は年相応だ。
グラス一杯を飲み終える頃には、彼女の頬は愛らしい桃色に染まり、白銀の髪がわりと揺れていた。
「カイル様……ふふ、なんだか、世界がきらきらして見えます……」
酔いが回ったアリアは、普段の凛とした落ち着きを失い、驚くほど無防備な表情を見せる。
彼女は自分を支えるカイルの腕に、そっと身を預け、蕩けるような瞳で見つめ返した。
「カイル様って……本当に素敵ですね。まるで、お伽話の騎士様みたい。私だけを見て、私だけを守ってくれて……とても、幸せです」
飾り気のない、真っ直ぐな言葉。
その一つひとつが、カイルの胸に深く突き刺さった。黒曜石の瞳に、抑えきれないほどの愛おしさが満ちていく。
「アリー……酔うと、こんなにも素直になるのか。……困ったな」
冗談めかした声とは裏腹に、彼の腕は無意識に彼女を強く抱き寄せていた。
アリアは安心しきったように、カイルの胸元に顔を埋める。
「カイル様……カイルの魔力、どちらもあったかくて、落ち着きます……。私、このぬくもりが一番好き……」
その言葉に、カイルは息を呑んだ。
失う恐怖と、守り抜くという誓いが、彼の内で激しく交錯する。
「……アリー。今夜は、私のそばを離れないでくれ」
それは命令ではなく、懇願に近い声だった。
カイルは彼女をそっと抱き上げ、静かに主寝室へと向かう。
互いの鼓動と魔力が重なり合い、言葉を交わさずとも、確かな想いが伝わっていく。
その夜、二人は寄り添いながら、長い時間を共に過ごした。
不安も恐怖も、すべてを包み込むような、深く甘い安らぎの中で。
翌朝。
アリアは微かな頭痛に眉を寄せつつも、すぐにいつもの穏やかな表情を取り戻した。
カイルは彼女の額に優しく口づけ、低く、揺るぎない声で告げる。
「アリー。二度と、君を私の視界から消えさせはしない。
この命と魔力、そのすべてで、君を守り続けると誓おう」
アリアは少し照れたように微笑み、静かに頷いた。




