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【全年齢版】呪われた辺境伯と無色の聖女  作者: 真紅愛


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46話 略奪の夜 — 歪んだ正義と魔神の怒り


舞踏会でのあの一夜から数週間。カイルとアリアは領地へと帰還していたが、王都の執念は影のように二人の後を追っていた。



レオンハルト・クラインは、秘密裏に辺境伯夫妻の動向をマークしていた。

……のだが、帰路の馬車から伝わってきた気配が、彼の狂信的な妄想を決定的なものにしてしまう。


(……間違いない。あの野蛮な辺境伯は、力でアリア様を支配している……!)


あの透き通るような白い肌、幻想的な赤紫の瞳、折れそうなほど細い身体。


それらすべてが、屈強な男の腕の中に囚われている――。


彼の脳裏では、事実とはかけ離れた光景が、歪んだ確信となって焼き付いていった。



だが、辺境伯領の警備はあまりにも強固だった。

狂信的な想いだけでは、あの城壁を越えられない。


そこに手を貸したのが、辺境伯に袖にされた怨恨を抱く、

公爵令嬢セシリア・ヴァレンティーヌである。



「あのアリアさえ消えてくれれば……」



セシリアは、公爵家の闇ルートを使い、王家の禁忌である『隠密の魔石』と、一嗅ぎで象をも眠らせる『忘却の香油』をレオンハルトに提供した。聖女の力を持たない彼女にとって、それは目障りな女を排除するための、最も確実な毒だった。



運命の夜。 



カイルは領地の緊急案件で、一刻を争う報告を受けるため、数分だけアリアの側を離れた。



城内の、それも強力な結界に守られた温室に近い場所であったことが、カイルに僅かな隙を生ませた。



アリアは温室で、地底湖に繋がる精霊たちの微かな歌声に耳を傾けていた。



その時、周囲の精霊たちが一斉に怯えたように騒ぎ出す。



「……え? みんな、どうしたの?」



アリアに魔力はない。だが、その魂は精霊たちの警告を鋭く感じ取った。



逃げようとした瞬間、セシリアが提供した魔石の力で姿を消していたレオンハルトが、背後から現れた。



「――お迎えに上がりました、アリア様」


「っ、貴方は……クライン卿……?」




叫ぶ間もなく、毒々しい香りを放つ布で口を塞がれる。アリアは抵抗しようとしたが、身体能力の差と強力な香油の前に、意識は急速に遠のいていった。






  

―――――――………


「アリーーッ!!」


アリアの気配が城から完全に断絶された瞬間、執務室にいたカイルの絶叫が響き渡った。



カイルの黒曜石の瞳は怒りで赤黒く染まり、安定していた魔力は、アリアの危機に呼応して破壊的な奔流へと変貌した。



「セバス! アリアが危ない!セシリア・ヴァレンティーヌの動向を追え! そしてレオンハルトの痕跡を逃すな!」



カイルは男の直感で、舞踏会でアリアを執拗に見ていたレオンハルトと、自分に擦り寄ってきたセシリアの繋がりを即座に看破した。



(無事でいてくれ!アリー)




レオンハルトは、アリアを国境近くの山小屋に隠していた。



「もうすぐ、私が貴女に真の安らぎを与えてあげますからね……」



昏睡するアリアの白銀の髪に触れようとした、その時。



ドォォォォォンッ!!




山小屋ごと爆発したかのような衝撃と共に、扉が、壁が、粉々に砕け散った。



そこに立っていたのは、怒れる魔神そのものとなったカイルだった。漆黒の魔力が炎のように揺らめき、その場にいたレオンハルトの配下たちは、悲鳴を上げる間もなく魔圧だけで意識を失い、床にめり込んだ。


カイルの瞳を染めたのは、単なる怒りではなかった。

絶望の淵から自分を救い上げてくれた唯一の存在を、汚らわしい手に触れさせ、あまつさえ奪い去ろうとした。その許しがたい暴挙が、彼の中に眠る魔神を完全に呼び覚ましてしまったのだ。



「貴様ら……よくも私のアリアに。何人なりとも絶対に許さん!!!!!!」



カイルの声は静かだが、一言ごとに周囲の空間が軋み、割れる。



「ぐ、あああぁぁっ!?」



レオンハルトはカイルに触れられることすらなく、重力魔法のような魔圧によって全身の骨が悲鳴を上げ、床に叩きつけられた。



セシリアから授かった魔石も、カイルの怒りの魔力の前では無力に弾け飛んだ。



カイルは冷徹な眼差しでレオンハルトを一瞥すると、すぐに横たわるアリアを抱き上げた。



「アリー……もう大丈夫だ。二度と、君を一人にはしない」


 カイルはアリアを砕けんばかりに強く抱きしめ、毒に蝕まれた彼女の身体と心を満たすように、滔々(とうとう)と温かな魔力を注ぎ込んだ。



四肢の先まで浸透していくのは、荒々しくもどこまでも愛おしい、カイルの魔力。



(……あぁ。やっぱり、ここが私の……還るべき場所) 



身体を強張らせていた冷たい闇が、内側から広がる彼の熱によって一瞬で溶かされていく。その確かな生命の鼓動に導かれるようにして、アリアはゆっくりと、赤紫の瞳を開いた。




「……カイル、様……?」



「ああ、俺だ。もう、どこへも行かせない」



カイルの抱擁は、これまで以上に強く、

離さないという切実な想いに満ちていた。



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