41話 愛された記憶
窓の外では、精霊たちの羽ばたきに呼応するように、季節外れの美しい花々が咲き誇っている。辺境に春のような穏やかな風が吹き抜けるある午後、カイルはアリアを伴い、城の奥深くにある亡き両親の私室を訪れようとしていた。
「アリー、 どうしても君についてきてもらいたい場所があるんだ」
そこは、魔力過多の苦痛に囚われていたカイルが、過去を思い出すのを恐れて長年閉ざしていた場所だった。
「カイル様、ここは……とても温かい空気が流れていますね」
アリアが足を踏み入れると、部屋の中央で白銀の髪がふわりと揺れた。精霊たちの囁きを通じて、アリアはこの部屋でかつて育まれていた深い愛を、肌で感じ取っていた。
そしてそれをカイルも共に感じ取っていた。
カイルは、棚に飾られた肖像画に目を留めた。そこには、逞しい体躯に温厚な笑みを浮かべる父ユリウスと、優しさに満ちた母アンジェリカの姿があった。カイルの漆黒の髪と黒曜石の瞳は、この両親の面影を色濃く受け継いでいる。
「私の魔力は幼い頃から異常だった。だが、父上も母上も、それを一度も否定しなかった」
カイルは静かに、そして噛み締めるように語った。
「私が抱きつくたびに魔力が暴走しそうになっても、母上は一度も私を拒まず、『あなたの愛は少し大きすぎるだけよ』と微笑んでくれた。そして父上は……」
カイルは肖像画の傍らに置かれた、一振りの古い短剣に手を伸ばした。それは戦場を駆けた英雄ユリウスが、私生活で肌身離さず持っていたものだった。
「父上はこの短剣の柄に、母上の瞳と同じアメジストを埋め込み、私にこう言った。『カイル、強すぎる力は時として大切なものを傷つける。だが、その力を誰かを守るための意志に変えるのは、力そのものではなく、心に宿した一人の女性への愛だ。私はこの石を見るたびに、己の力を律することができた』と」
カイルは、父が遺した短剣の柄を強く握りしめた。かつて彼は、自分の巨大な愛が人を傷つける凶器になることを恐れ、その本質を脂肪の鎧の下に隠した。冷酷な辺境伯を演じることで、父のような守るための強さを諦めていたのだ。
アリアは、カイルの背中にそっと手のひらを添えた。
「カイル様。貴方の心は、最初から少しも変わっていません。ただ、その優しさが愛が、魔力と同じくらい莫大だっただけです。私がそれを知っています」
カイルはその温もりに誘われるように、アリアを自身の肩に引き寄せた。
アリアが部屋の片隅にあるチェストを開けると、カイルが幼少期に遊んでいた木彫りの玩具と共に、母アンジェリカが遺した一冊の手帳が見つかった。
『私の愛しいカイルへ。あなたは、この世界で最も大きな愛と力を持って生まれた子です。その力は、使い方を誤れば毒にもなる。しかし、あなたが心を込めて愛せる人を見つけたなら、あなたの魔力は、その愛によって導かれ、世界を照らす光となるでしょう。どうか、力を恐れず、愛を求めなさい』
カイルは手帳の言葉をなぞり、瞳を潤ませた。
「父上は守る背中を、母上は信じる愛を、私に残してくれていたのだな。私が私だけを受け入れるたった一人の番に出会うことを信じて……」
アリアはその手帳を静かにカイルから受け取ると、慈しむようにそっと唇を寄せた。
「お義父様もお義母様も、私たちが結ばれることをずっと前から願っていたのかもしれませんね。カイル様の中にある愛と優しさが、私を貴方のもとへ導いてくれたのですから」
父から受け継いだ守るための意志と、母から受け継いだ愛し抜く祈り。二人の愛の記憶は、今、アリアの手を通じて再びカイルへと返され、二人の未来を永遠に照らす光となった。
そしてアリアは、カイルの両親の深い愛を受け継ぎ、それをカイルに返すという、新たな使命感を覚えた。




