37話 辺境の祭典:精霊の星祭り
ローゼンベルク領では、毎年収穫期になると、辺境独特の『精霊の星祭り』という幻想的な祭りが行われる。
辺境伯の居城は、華美な王都の城とは異なり、魔獣の脅威から領地を守るための堅牢な石造りの要塞である。
城壁の内側にある広大な石畳の広場は、平時は騎士たちの練兵場として使われているが、魔物による被害が甚大な時には、領民たちを収容する緊急避難場所としての役割も兼ねている。
そのため、領民たちにとって城門が開かれる時とは、基本的には、命を守るために恐怖と共に逃げ込む時である。
だが、毎年この精霊祭りの時だけは、その意味が全く異なる。
一年でこの夜だけは、固く閉ざされた城門(大扉)が、脅威から逃げるためではなく、平和な喜びを分かち合うために大きく開け放たれるのである。
人々は、精霊たちに対し一点の曇りもない清らかな心と、深い感謝の誠意を示すため、あえて白の衣装を纏い、城内の広場へと集うのが古くからの習わしだ。
高価な染料を使わないその素朴な白は、貧しいながらも実直に生きる辺境の民の誇りであり、無骨な要塞の広場を埋め尽くす白い人々の波が、この夜の神聖さを際立たせていた。
その夜、カイルとアリアは、領民たちと同じ純白を基調としつつ、そこに領主一族のみに許された銀の刺繍が控えめに施された正装で祭りに臨んだ。
広場の最奥、要塞の中枢を守る内郭の防壁から広場へと伸びる大階段の頂上に二人が姿を現した瞬間、集まっていた領民たちの間から、どよめきにも似た驚嘆の声が一斉に上がった。
彼らが、劇的な変化を遂げた今の姿で領民の前に現れるのは、これが初めてのことだったからだ。
カイルがアリアの手を引き、要塞の石段をゆっくりと降りてくる。
松明の灯りに照らされ、二人の衣装の銀糸が夜空の星のようにきらめくその姿に、かつて囁かれていた陰鬱な噂は、完全に塗り替えられようとしていた。
「おい、あれを見ろ……! まさか、あのお方が領主様なのか?」
「なんて凛々しい……! 以前は魔力を抑えきれずに、あんなに御身体が大きくなっていたというのに!」
かつては「いつ暴走するかわからない怪物」「関われば命はない」と恐れられていたカイル。
しかし今、そこに立っているのは、研ぎ澄まされた武人の肉体と、領地の未来を見通す知恵と理性に満ちた黒曜石の瞳を持つ、真の王者の姿だった。
「それに、隣におられる奥様を……! なんて美しい銀髪なんだ」
「ああ……。王都ではできそこないの聖女だなんて噂もあったが、とんでもない間違いだわ」
「あのお方こそ、領主様を救い、この土地に恵みをもたらした聖女様だ……!」
荒々しい要塞の中に咲いた花のように、アリアは天からの祝福そのもののような輝きを放っていた。
カイルがアリアを誇らしげにエスコートして領民たちの輪へと進む姿は、まさに闇と光が手を取り合い、完全な調和を果たした象徴そのものだった。
広場の一角では、ミラやリネット、そしてマティアスやセバスたちも、誇らしげに二人を見守っていた。
「見てください、ミラ様! ご主人様、なんて凛々しい……! それに奥様も、まるで夜空から舞い降りた月の女神様みたいです!」
リネットが興奮して囁くと、ミラは目を細めて深く頷いた。
「……ええ。本当に。お二人が並び立つお姿は、まさにこの地の支配者にふさわしい。とても素敵ですね」
(王都の人々がどれほど愚かだったか、これで証明されましたね。先代のお二人も、空の上でさぞお喜びでしょう)
祭りがクライマックスを迎える頃、領民全員が静まり返り、夜空を見上げた。
アリアが静かに目を閉じ、カイルの手をそっと握る。
すると、彼女の無色の聖女としての力が発動した。
カイルから溢れ出す強大な魔力が、アリアを媒介にすることで純粋な祈りのエネルギーへと変換され、天へと昇っていく。
直後、漆黒の夜空から、数えきれないほどの光の粒が舞い降りてきた。
赤、青、緑、金色……。
かつて見ることも感じることもできなかった精霊たちの姿も声も、アリアの聖女の力によって、今のカイルの瞳にははっきりと鮮やかに映っていた。
「カイル様。……精霊たちが、貴方の安定した魔力を喜んでいます。彼らは、私たちを祝福してくれていますね」
アリアの頬を照らす光の粒を見つめ、カイルは感極まったように囁き返した。
「ああ、アリー……。私にも見えるし、その声が聴こえる。君こそ、この辺境に真の豊かさをもたらしてくれた、私の世界を照らす希望の光そのものだ」
二人が感極まって強く手を繋ぎ合った瞬間、精霊たちがそれに呼応するように一際眩い光を放った。
その輝きは領民たちの目にもはっきりと映り、祝福の加護となって領地全土へと降り注いだ。
この精霊の星祭りで起きた奇跡は、後にローゼンベルク領の歴史書に記されることとなる。
かつて不作の地と呼ばれた辺境の地は、その夜、二人の愛によって平和と調和の約束された地へと生まれ変わったのだった。




