33話 熊のような愛と小鳥の聖女
アリアは、カイルの愛情の深さを疑ったことなど一度もない。
だが、最近のカイルの喜びの表現があまりにもダイナミックすぎて、物理的な意味で身の危険を感じ始めていた。
(このままでは、本当に……潰されてしまうわ……!)
互いの心が真に結ばれ、アリアは調和の器としてカイルの魔力を完全に受け入れ、循環させている。
魔力に関しては完璧だ。どれだけカイルの力が強大でも、アリアに触れれば浄化され、穏やかに流されてゆく。
問題なのは、魔力でも魔法でもなく、単なる物理的な力だった。
カイルは、長年の呪縛から解き放たれ、本来の健全な心身を取り戻した。
その結果、アリアへの愛しさが込み上げると、まるで飼い主に飛びつく大型犬のように、加減を知らずに喜びを爆発させるようになってしまったのだ。
「アリー! 今日の君もなんて素晴らしいんだ!」
朝、挨拶代わりに持ち上げられると、足が宙に浮くほどの勢いで、抱き上げられる。
「執務中だが君に会いたくなってしまった! 少しだけ充電させてくれ!」
昼、休憩のたびに飛んできては、強烈な力で抱きしめられる(もはやハグというより捕獲だ)。
カイルは筋骨隆々の武人であり、アリアは華奢な聖女だ。
魔力的な相性が良くても、熊と小鳥ほどの体格差はいかんともしがたい。
(というか私、まずは基礎体力をつけなきゃダメよね。……でも、その前にあばら骨がもたないわ……!)
ある日、ついに限界を迎えたアリアは、カイルの胸の中で「ぐえっ」とカエルのような声を漏らしてしまった。
驚いたカイルが手を離すと、アリアは酸欠と筋肉痛でその場にへたり込んでしまった。
「カ、カイル様……お願いです。貴方の愛はとても嬉しいのですが、貴方と私では、基礎的な身体の作りが違うのです……!」
アリアの必死の抗議を聞き、カイルは「ハッ」と息を呑んだ。
自分の腕力とアリアの耐久力の差を、ようやく理解したのだ。
カイルは青ざめ、その場で小さく縮こまり、床に正座した。
「……すまない、アリー。本当に、申し訳ないことをした」
かつて戦場で敵を震え上がらせた冷徹な辺境伯が、今はただの妻を物理的に苦しめた不器用な男として、小さくなって謝罪している。
「分かった。……私は君のために、この溢れ出る衝動を、理性の鎖でなんとしても止める!! 武人として、制御できない力などあってはならないはずだ」
それからのカイルは、地獄のような自己抑制の日々を送ることになった。
愛しい妻が目の前にいる。触れたい、撫でたい、抱き上げたいという衝動が爆発するたびに、彼はそれを武人としての強靭な精神力で必死に抑え込む。
だが、彼の愛は、静かに囁くような春風ではない。すべてをなぎ倒す暴風のようなものだ。
「……くっ、アリー。……すまない、今は近づかないでくれ。触れたら最後、また自分の力をセーブできる自信がないんだ」
(魔力は完全に調和しているというのに、今度は私自身の筋力によってアリーを損なってしまうかもしれない。私はいつまで経っても、この溢れる喜びを……自分自身を、御すことができないのか)
カイルは、自らの腕がアリアへの愛という名の物理的な危険になりかねないことに、深く、深く葛藤するのだった。
一方のアリアは、正座して耐える夫の背中を見ながら、
「そこまで我慢しなくても……ただ力加減してくれればいいだけなのに」
と、極端すぎる夫の不器用さに苦笑するのだった。




