31話 精霊との初めての対話
カイルは、抑えきれない好奇心を瞳に宿していた。
アリアがいつも楽しそうに、何もない空間に向かって微笑んだり、相槌を打ったりしている。その先にいる領地の守り人たちの姿を、自分も同じように見てみたい、貴女の隣で同じ笑い声を共有したいと願うようになった。
「アリー。……どうすれば、君のように彼らを見たり、話したりできるようになるのだろうか」
声をかけるカイルの表情には、かつての刺々しさは微塵もなかった。アリアはそんなカイルの様子が嬉しくて、いたずらっぽく微笑んで彼の大きな手を両手で包み込んだ。
「ふふ、そんなに難しいことではありませんよ、カイル様。耳を澄ませるのではなく、心を開いて『おいで』と待ってみてください。」
カイルはアリアに言われるまま、ゆっくりと目を閉じた。かつては荒れ狂う嵐のように自身を苛んでいた膨大な魔力を、今は穏やかな凪のように、アリアのぬくもりに寄り添わせるように外界へと広げていく。
するとほどなくして、頭の中に直接、くすぐったいような小さな声が飛び込んできた。
『わあ! 新しい声がするよ!』
『本当だ! 前の、あの苦しくて重たい音じゃなくなってる。大きくて、とってもあったかな風の音だね!』
カイルは驚きに目を見開いた。
「今……聞こえた。まるで、子供たちが内緒話をしているみたいな声が、そのまま心の中に……!」
「おめでとうございます、カイル様! 彼らが、貴方を歓迎していますよ」
アリアが嬉しそうに頷く。カイルが改めて意識を庭の隅に向けると、これまで光の粒だと思っていたものが、形を成して見え始めた。透き通った小さな羽を持つ、愛らしい妖精たちだ。
彼らは「待ってました」とばかりにカイルの周りを飛び回り、一匹が彼の鼻先にちょんと止まって羽を揺らした。
『カイル〜! はじめまして! これからよろしくねー!』
カイルは思わず目を細め、その小さな存在に指先を差し出した。
「……妖精たち、だったんだな。はじめまして。私はこの領地の主、カイル・ローゼンベルクだ。そして――ここにいるアリアを、誰よりも愛している男だ。彼女とそしてこの地をずっと支えてくれて、本当にありがとう」
領主としての威厳を保ちつつも、どこか照れくさそうなカイルの言葉に、妖精たちは歓喜の声を上げて草花を揺らした。さらに、火地風水の力を宿した精霊たちも、穏やかな姿で彼の前に現れる。
『ようこそ、辺境伯。あなたは、自分の闇を愛に変えた人』
『アリアの番。私たちは、貴方と一緒にこの地を育むのを楽しみにしていました』
精霊や妖精と直接言葉を交わせるようになったことは、カイルにとって精神的な喜びだけでなく、領主としての大きな助けともなった。
水脈の機嫌や岩盤の軋み、森の奥の魔物たちの動向に至るまで、精霊たちはまるでお喋りを楽しむように教えてくれるようになったのだ。
視察を終え、地底湖から地上へと続く階段を登りながら、カイルはアリアの手を引き寄せ、愛おしげに指を絡めた。
「アリー。君は、私に本当に大切なことを教えてくれた。力でねじ伏せるだけではない、この世界の本当の温かさを教えてくれた。君とこうして結ばれたことで、私はようやく……真にこの地を守る資格を得られた気がするよ。本当に、ありがとう」
カイルの莫大な魔力と、アリアの清らかな知覚。
二人の力が解け合った最北の地には、精霊たちの歌声が絶えることなく響き、人間と自然が笑い合う、どこよりも優しい理想郷が築かれていくのだった。




