2話 できそこないの聖女と破談と縁談
一方、アルカディアス王国の王都の片隅にある侯爵家の屋敷では、アリア・リーゼンバーグ(18歳)が、自身の運命の転換点に立たされていた。
「アリア、これより辺境伯カイル・ローゼンベルク殿の元へ嫁げ。これは王命だ」
父である侯爵エルヴァンの言葉に、アリアは静かに頷いた。
彼女の隣には、美しい妹のリリア(16歳)が、申し訳なさそうに、そのプラチナブロンドの髪を揺らして俯いている。
リリアは、アリアの妹でありながら、姉と間違えられるほどの豊かな発育と、愛らしい美貌を持っていた。何より彼女は、優秀な聖女だった。
十二歳の時に行われた聖女判定。
この国において、女性が魔力を持つことは決して稀ではないが、社会的に重要視されることはほとんどない。しかし、国や人々を癒やし魔を退ける聖女だけは別だった。リリアはその判定で、歴代稀に見るほどの強烈な光を放ち、彼女こそが真の聖女だと国中が喝采した。
対してアリアは、「できそこないの聖女」「無色の聖女」と呼ばれている。同じ判定で、彼女はなんの光も発さなかったためだ。そして魔力も微々たるものだった。人々は彼女の聖女としても魔力までもが弱すぎると嘲笑った。
そしてアリア自身もそう信じていた。
彼女は、歳のわりにかなり小柄で、痩せ細っていた。女性としての体の成長も止まっているようだった。祖母のマリアはそれを心配し、ずっと彼女の作る煎じ薬を飲ませ続けられていた。
アリアは、かつては第二王子アルフレッドの婚約者だった。しかし、王子が聖女として秀でたリリアを望み、アリアは婚約破棄された。
そして、王命により、今度はリリアの婚約者であった、肥満体型で、魔力の過多に苦しむという怪物のような辺境伯の元へ、身代わりのように嫁ぐことになったのだ。
妹のリリアは、アリアの手を握った。
「ごめんなさい、お姉様……なんと申し上げてよいか……」
ただリリアは、辺境伯との短い婚約期間において、アリアにはどうしても言えないことがあった。
「いいのよ、リリア、あなたのせいではないわ」
アリアは微笑んだ。
「あなたの幸せが、私にとって一番よ」
アリアは、リリアが自分を心配していることを知っていた。二人の仲は悪くない。
リリアは、アリアが時折、宙を見つめ、誰にも聞こえない声に返事をしているのを、なんとなく知っていた。
今もそうである。
宙を見つめ何かを目で一瞬追っていたのをリリアは見逃さなかった。
アリアには、誰にも言えない秘密があった。
彼女には、目に見えない存在が見える。空を舞う精霊たち、庭に住まう妖精たち、そして動物や植物とさえ、意思疎通ができる。
しかし、それを打ち明ければ、さらに変人扱いされるだろうと、口を閉ざしてきた。
辺境伯カイル・ローゼンベルク。肥満体型で、魔力の過多に苦しむという怪物のような男。そして、アリアは聖女として極端に弱い無色の聖女、できそこないの聖女。
(私は辺境で生きていけるのかしら……)
それでもアリアは運命を受け入れるしかなかった。
しかし、彼女の内に秘められた、判定器すら反応しなかった強すぎる聖女の力は、まだ眠り続けていた。そして、辺境伯の抱える膨大な魔力と、後に明かされることとなる彼女の「魔力なし」という特異な体質こそが、互いの運命を大きく変える鍵となることに、二人はまだ気づいていなかった。




