23話 初めての口づけ
調和の儀式を終えた翌日。
カイルは、魔力暴走の脅威から解放されたものの、依然として彼の魔力は巨大なままだ。儀式は魔力の質を安定させたが、蓄積された膨大な魔力を完全に昇華させるまでには至っていなかった。
二人は庭園を散策していた。周囲の草木は、アリアが周囲の荒ぶる魔力を受け入れ、清らかな生命エネルギーへと変換し放っているおかげで、北国の寒さを忘れたかのように青々と茂っている。
カイルは立ち止まり、アリアに向き合った。
「アリア嬢。貴女のおかげで、私は生き永らえた。だが、私たちは番として、次の段階へ進むべきだ。魔力を真に安定させるには、魂だけでなく、互いの全てを分かち合い、より深く繋がる必要がある」
アリアはその真意を理解した。それは、名実ともに真の夫婦となることを意味していた。
「辺境伯様。私は貴方様
の妻です。望まれるのであれば……」
アリアは顔を真っ赤に染め、指先を震わせながらも、必死に覚悟を決めてその瞳を見上げた。愛する夫を救うためなら、どんな未知の恐怖も受け入れるという彼女なりの決意だった。
しかし、カイルの瞳に宿ったのは、切ないほどの戸惑いだった。
「いや、待て……。私には、貴女を傷つけるかもしれないという、拭えない恐れがある」
かつて、魔力の暴走を止めようとして、一人の女性を取り返しのつかない目に遭わせてしまった。私の強大すぎる力が、彼女を壊してしまった事実は消えない。
「……アリア嬢、私は、貴女にだけは辛い思いをさせたくないのだ」
カイルは自責の念に声を震わせ、そっとアリアに顔を近づけた。
「私の魔力を、最も影響を受けやすい接点から、貴女と調和させたい。……いいだろうか」
アリアは、カイルが抱えてきた孤独な後悔の深さに触れ、胸を締め付けられた。
彼女は耳たぶまで真っ赤になりつつも、壊れ物を扱うような彼の優しさに応えるように、しっかりとした肯定の頷きを返した。
カイルの手がアリアの頬に添えられ、ゆっくりと唇が重なった。
接触した瞬間、カイルの内に滞留していた巨大な魔力が、二人の魂の共鳴に呼応するかのように動き出した。
しかし、アリアの身体はもはや、ただ魔力が通過するだけの導管ではなかった。
彼女は、流れ込む猛烈な魔力を瞬時に清らかな生命エネルギー――魔力とは異なる、調和そのものの力へと変換し始めた。それは彼女自身の身体を内側から潤し、同時に、最適化された純粋な魔力としてカイルの体内へと還っていった。
(この力は、優しくて温かい……。私を、満たしてくれる)
二人の魂が共鳴した瞬間、劇的な変化が訪れた。
カイルの身体を覆っていた過剰な脂肪が、春の雪解けのように急速に変質し、消失していく。
そしてアリアにも変化が起きていた。カイルから受け取った強大な力が生命エネルギーへと変換され、彼女の内で動き出していた『月の巡り』は、一気に満たされたこの瞬間に大輪の花となって開ききった。
聖女としての清らかな光を宿したその美しさは、もはや妹のリリアに勝るとも劣らない輝きを放っていた。
二人が唇を離したとき、そこには完全に変容した二人の姿があった。
「アリア嬢……。これは、貴女の聖女の力が、私の魔力を完全に最適化したということか……?」
アリアは自らに満ちる力と、聖女としての成熟を実感しながら、目の前に現れたカイルの本来の威厳ある姿に、言葉を失って見惚れた。
「辺境伯様……。貴方こそ、本来の……、なんて素敵なお姿に……」
二人はその場で、まるで初めて出会ったかのように、互いの変貌した姿に改めて恋に落ちた。




