21話 無色の聖域、最強の辺境伯の目覚め
カイルがゆっくりと立ち上がったとき、その瞳にはかつてないほどの澄んだ光が宿っていた。
儀式を通じて魔力の質が調和されたことで、彼は長年自分を支配していた「いつ暴走し、全てを破壊するか分からない」という根源的な恐怖から、精神的に完全に解放された。
そして、その変化は彼の身体にも顕著に現れ始める。
魔力過多による防衛反応として蓄えられていた病的な脂肪の増加が、この瞬間に明確に止まったのだ。代謝が正常へと戻り始めたことで、膨大なエネルギーに蝕まれていた頃の粗暴な険しさは影を潜め、代わって北部を統べる辺境伯としての、鋭い知性と圧倒的な威厳がその表情に蘇りつつあった。
カイルは今、己の内にある膨大なエネルギーを、最強の武具として完全に御することができる安定した最強の辺境伯としての、真の覚醒を遂げたことを悟った。
カイルは、瞑想から覚めたアリアの両手を、壊れ物を扱うような慎重さで、けれど力強く握りしめた。
「……アリア嬢。貴女は、私を救ってくれた。単なる一時的な魔力の放流などという生易しいものではない。貴女は、私の魔力の本質そのものを、根底から浄化してくれたんだ」
彼の瞳に宿っていたのは、もはや生き延びるための命綱としての執着ではない。
かつての「貴様」から「お前」へ、そして今、一人の女性への深い敬意を込めた「貴女」へと呼び名が変わったように、そこには確かな情愛と、魂からの感謝が溢れていた。
「私を救ってくれて、本当にありがとう。貴女こそが、私の真の番だ」
カイルは、アリアをその逞しい腕で抱きしめた。その抱擁は、以前の魔力の奔流を恐れるものではなく、確かなぬくもりと愛情に満ちていた。アリアの耳には、周囲の精霊たちが祝福し、歌う声が清らかに響いてくる。
『魂の共鳴は果たされた。二つの命は、今、分かちがたく結ばれたのだ』
アリアは、カイルの胸に顔を埋めながら、自身の聖女の力が持つ真の役割を理解した。彼女の力は、人々を癒やすための光ではなく、カイルのような巨大すぎる力を持つ者を調和させ、その魂に安らぎを与えるための無色の聖域だったのだ。
しかし、魂が一つになったからこそ、カイルは今、新たな感覚を覚えていた。
魔力の質の安定は果たした。暴走の恐怖という足枷は、もう外れたのだ。
ならば、これ以上、己の想いを抑え込む必要はないのではないか?
(……精神の結合だけでは、もう、この溢れる愛しさを抑えきれない)
カイルは、腕の中のアリアをより近くに感じたいという、今までになかった切実な衝動を自覚し、静かに目を閉じた。
二人は今、魂の共鳴を経て、夫婦としての次なる段階へと進もうとしていた。




