1話 膨張する魔力と辺境伯
アルカディアス王国の北の辺境に位置するローゼンベルク領。
その若き当主である辺境伯カイル・ローゼンベルク(23歳)は、今や自らの体が巨大な魔力の塊となりつつあることを肌で感じていた。黒曜石のような瞳の奥に、制御しきれないエネルギーへの焦燥が揺らめく。
「くそっ、また増えたか……」
カイルは、公爵家にも匹敵する広大な領地を治める執務室で、自分の両腕を見下ろした。
最強の辺境伯とも呼ばれる彼の身体は、かつては引き締まった武人のそれであったが、今では見る影もない。過剰な魔力は、代謝と脂肪を異常に増進させ、カイルを厚い肉の鎧で覆い尽くしていた。
彼の魔力は、この世界で莫大すぎると評される。そのレベルは、大陸最強の魔術師団を束ねる公爵家ですら恐れるほどだ。
しかし、その莫大さこそが、カイルの首を絞めている。
魔力は生体の生命エネルギーと直結しており、過剰な蓄積は魔力暴走を引き起こす。それは、魔力を受け止めきれなくなった身体が内側から破裂するようなもので、最悪、死に至る。かつて、強大な魔力を持ちながら制御できなかった貴族や魔術師が、自爆するように消滅した記録は少なくない。
カイルは魔力を消費するために、魔物討伐や国境での小規模な戦争に身を投じてきた。しばらくはそれで事足りた。しかし、彼の魔力生成速度は、彼の武功と消費量を上回り続けたのだ。
次に彼が試みたのは、魔力を持つ者との接触による魔力の譲渡だった。
自身の魔力を他者へと流すこの方法は、討伐よりも効率的に思えた。受け取る側も一時的に力を得ることができ、互いに利があるように見えたからだ。
だが、それは劇薬だった。
ある日、彼の魔力を受け取っていた女性が、その膨大な奔流に耐えきれず、精神を蝕まれて命を落とした。
魔力の過剰摂取による悲劇だった。
虚ろな眼差しで崩れ落ちたその姿を前に、カイルは自らの力の危険性を思い知る。
それ以来、彼は魔力発散のために他者を利用する行為を、自らに禁じた。
討伐のみに頼る生活に戻ると、魔力の蓄積はさらに加速した。
その結果が、今の彼の肥満体型だ。
このままでは、彼は近いうちに魔力暴走を起こし自爆ないしは自滅し消滅するだろう。
残された手段は、魔力を無効化するか、極端に魔力が過少な、稀有な存在である幻の番、無色の聖女を見つけることだけだった。




