17話 豊穣の息吹と、秘めたる想い
アルフレッド王子とリリア聖女が苦々しい足取りで撤退した後、ローゼンベルク領には、これまでの重苦しい空気を一掃するような、穏やかで輝かしい日常が訪れた。
カイルの魔力暴走の兆候は劇的に減少し、彼はかつてのように、領地の政務へ全身全霊を注げるまでに回復していた。
顔つきからは、膨大な魔力に蝕まれていた頃の粗暴な険しさが影を潜め、代わって北部を統べる辺境伯としての、鋭い知性と圧倒的な威厳が、静かに蘇りつつあった。
アリアは、辺境伯夫人として、そしてカイルの幻の番――無色の聖女として、城内で欠かせない役割を担うようになっていた。
彼女の主な務めは、カイルから日々溢れ出す濃密な魔力を、自身を“通り道”として受け止め、浄化されたかたちで領地の水脈へと巡らせることだった。
「本日は北側の鉱山周辺で、辺境伯様の魔力が滞らず外へ抜けるよう、整えます。あの一帯は水脈が弱まり始めていると……」
言いかけて、アリアははっと口をつぐむ。
「あ……失礼いたしました。先日、拝見した報告書にそうありましたわ」
(精霊や妖精たちに教えられた、だなんて……まだ言えないもの)
胸の鼓動を悟られぬよう、アリアは静かに言葉を繕った。
カイルは書類から顔を上げ、以前では考えられなかったほど柔らかく、深い信頼のこもった眼差しをアリアに向けた。
「うむ。お前に任せる。もはや私の魔力……ひいては、この領地の命運は、お前に託されていると言っても過言ではない。だが、一人で抱え込むな。何かあれば、必ず私に相談しろ」
以前のカイルは、膨れ上がる魔力を抑えるためだけに、命懸けで魔獣討伐へ赴くしかなかった。
だが今は違う。
彼の内から生まれる莫大なエネルギーは、無色の聖女であるアリアを通ることで、領地を潤す穏やかな力へと姿を変えていた。
アリアが魔力を受け、静かに巡らせるたび、地下を流れる水脈は澄み渡り、領民たちが長年苦労して耕してきた痩せた大地には、冬の終わりを告げるかのように、確かな芽吹きが生まれ始めていた。
それは、アリアが“魔力を通す器”として持つ特性と、自然と寄り添う聖女の資質が重なり合って生まれた、奇跡のような変化だった。
「……辺境伯様が、これからも健やかでありますように」
アリアは、誰に聞かせるでもなく、小さく祈る。
精霊や妖精たちと交わせる言葉の存在を、まだカイルに打ち明ける勇気はなかった。
けれど、彼が穏やかな日常を取り戻していくその横顔を見つめているだけで、アリアの胸は、静かな幸福で満たされていた。




