16話 屈辱的な撤退
アルフレッド王子は、目の前に立つアリアの気迫に満ちた瞳と、カイルから溢れ出すかつてない覇気に、もはや反論の余地がないことを悟った。
(魔力なし、あるいは魔力過少という特異体質が、魔力を通過させ、己の成長に転化させる……。まさか、お伽話の類だと思っていた幻の番、真の聖女の伝説が、現実となったというのか!)
アルフレッドは、改めてカイルが安定することで、王家に対する脅威度が跳ね上がったことに激しい屈辱を覚えた。彼の冷徹な計画は、自分ができそこないと切り捨てたアリアの存在によって、完膚なきまでに打ち砕かれたのだ。
「……信じがたいことだが、辺境伯殿の安定が事実であることは確認した」
アルフレッドは苦々しく、絞り出すような声で言った。
「しかし、王家は常に貴公らを監視する。アリア嬢…いや夫人を王都で再判定する機会は、いずれ必ず設けさせてもらう。……いいな」
「勝手にするがいい」
カイルは傲然と、そして冷ややかに応じた。
「だが、アリアはこの辺境伯領から離れることは二度とない。一歩たりともだ」
リリアは、豹変したカイルの迫力に怯えつつも、姉の身体にかつてない健やかな血色が宿っていることに、心の底から安堵していた。
彼女は複雑な想いを抱えながら、足早に立ち去るアルフレッドと共に、撤退を余儀なくされた。
二人の足音が遠のき、静寂が戻った回廊で、カイルはアリアに向き直った。
彼はその大きな手でアリアの華奢な肩を、壊れ物を扱うように優しく掴んだ。
「アリア嬢。感謝する。……お前の言葉で、私は命を救われただけでなく、王家の不当な干渉から領地を守り抜く大義名分を得た。お前は私の妻として、そして最高の敬意をもって迎え入れられる幻の番……我が無色の聖女だ」
「……ありがとうございます、辺境伯様」
アリアの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。彼女は泣きながら、けれど力強く微笑んだ。
王家や家族から、厄介払いのように引き離された絶望の地。けれど彼女は今、その辺境の地で初めて真に必要とされ、誰にも侵されない居場所を見つけたのだ。
できそこない、無色の聖女というかつての汚名は、この辺境の闇の中で磨かれ、辺境伯を救う唯一無二の光という気高い称号へと、鮮やかに生まれ変わった。




