14話 幻の番、無色の聖女の確信
カイルは、城の最深部にある「真の執務室」の重い扉を閉めた。
そこは浄化の井戸が据えられた、ローゼンベルク家の最機密エリアである。アルフレッド王子たちを通す「表向きの応接室兼執務室」とは違い、一族のもの以外は立ち入りを禁じられた場所だ。
アリアがこの地に来てからというもの、清められた魔力のおかげで、身体の奥にあるドス黒く絡みつくような疼きは抑えられている。しかし、わずかな蓄積がもたらす不快感は消えず、カイルは苛立ちを逃がすように長い回廊を足早に歩いていた。
(まだあの殿下とリリアは滞在しているのか……。いつまで我らの聖域を汚すつもりだ)
冷たい石造りの回廊を抜ける。表のエリアに入り、表の執務室へ向かう廊下に差し掛かったその時。
向こう側から、こちらへ歩いてくる小柄な人影が見えた。アリアだった。
彼女の姿を見つけた瞬間、カイルの胸に形容しがたい安堵が広がる。彼は無意識に、普段の彼からは想像もつかないほど急ぎ足で――まるで焦がれるように小走りで彼女に近寄った。
「あ……辺境伯様」
その瞬間だった。アリアの身体から、瞬きほどの短い間、神秘的な無色の光が放たれた。
同時に、カイルの肌を焼いていた過剰な魔力が、これまでにない速度で彼女へと吸い込まれていく。
体内で、驚くほどの軽さが訪れた。以前よりも格段に魔力の吸収が早く、澱みが一瞬で消え去ったのだ。
カイルはアリアのすぐ目の前で足を止め、その体を見下ろした。
以前の貴様という呼び方は、もう彼の唇からは零れなかった。
「お前……何か変わったな」
壊れ物を扱うような、戸惑いを孕んだ手つき。カイルはそっと彼女の肩に触れた。
彼女の顔色は以前の病的な白さではなく、微かに血色が戻っている。
そして何よりも、自分の魔力が彼女に向かって、かつてないほど強く引き寄せられている。
アリアは恥じらいに頬を染めながらも、真っ直ぐにカイルを見上げた。
「辺境伯様。私……身体の内側が、前とは違うのです。
貴方様の魔力と共鳴するたび、満たされていく感覚があって……」
言葉を選びながら、それでも真っ直ぐに想いを伝える。
カイルは息を呑んだ。
(まさか……)
彼女に触れることで、魔力が安定する。
そして彼女自身もまた、何かを得ている。
疑念は、確信へと変わった。
アリアは単なる「魔力を持たぬ存在」ではない。
彼女は聖女の力によって、カイルの魔力を受け止め、循環させ、互いを生かす均衡点として存在している。
――幻の番。
無色の聖女。
「アリア。お前は、私にとって神から与えられた唯一の救済だ」
(辺境伯様……嬉しい……)
カイルが愛おしさに身をかがめ、アリアを抱きしめようとしたその時――。
「辺境伯様! お止めください!」
鋭い制止の声とともに、廊下の少し遠くからアルフレッド王子とリリアが歩いてくるのが見えた。二人は、カイルの「表の執務室」へ向かう途中だったのだろう。
アルフレッドは冷たい声で言った。
「カイル・ローゼンベルク。その莫大な魔力のまま触れるのはやめろ!!貴様はアリア嬢を殺すつもりか!!!アリア嬢は王国が保護すべき聖女である。私情で彼女の命を危険に晒すな」
(アリア嬢だと!?……笑止!)
カイルは、リリアとアルフレッドを睥睨し微かに口角を上げた。彼の瞳には、もう焦燥はない。
「アルフレッド殿下。婚姻が成った今、彼女は私の妻だ。もう二度と王都へ戻ることはない。貴殿らに渡すわけにはいかん」
彼は、アリアを自分の後ろに隠すように立ちはだかった。
アリアは、カイルの背中越しに、妹リリアの心配そうな顔と、アルフレッド王子の企みに満ちた顔を見た。彼女は確信した。
(私と辺境伯様が、このまま離ればなれになれば、両方とも破滅する!!)




