13話 月の導き、聖女の器の開花
アルフレッド王子とリリアの視察団が滞在を続けるローゼンベルク城。
王都から訪れた高貴な客人を迎えるための華やかさと、カイルを巡る政治的な駆け引きの緊張感が入り混じる中、その翌朝。
目覚めたばかりのアリアは、まどろみの中で不思議な感覚に包まれていた。
それは、身体の奥底、凍てついていた泉の底から、温かな光がこんこんと湧き出してくるような感覚。
(……温かい。まるで、身体の中で春が訪れたような……)
王都にいた頃、アリアの時間は止まっていた。
社交界ではできそこないの聖女と蔑まれてきたが、それは彼女に聖女としての完成を示す月の巡りが発現していなかったのも一つの理由だった。
この世界において、一人前の聖女はその身に月の巡りを宿し、内側から光り輝く美しさを手に入れるとされる。
けれどアリアはずっと、その輝きを持たない蕾のままだった。
その事実は、アリアの心を深く蝕んでいた。祖母以外、誰もその苦しみを知らない。アリアは自分が紛い物であるという絶望を、笑顔の下にたった一人で隠し続けてきたのだ。
夫となったカイルにさえ、その引け目は言えないままでいた。
しかし今、その絶望は朝霧のように晴れようとしていた。
(どうして急に……? 私、何かしたかしら……?)
アリア自身は、なぜ急にこんな変化が訪れたのか、その理由など知る由もなかった。
ここ数日、精霊たちの「彼を助けて」「痛いのをとって」という無邪気な声に従っていただけなのだから。
だが、彼女の知らぬところで、劇的な変化は起きていた。
「奥様、お目覚め……あら?」
着替えを運んできた侍女が、部屋に入った途端に小首を傾げた。
「なんとなくですが……今朝はとても顔色がよろしいですね」
侍女はアリアの顔を覗き込み、不思議そうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「お肌も艶やかで、雰囲気が明るくなられたような気がします。こちらの領地の空気が、奥様に合っていたのかもしれませんね」
侍女はいつものように温かいお茶の支度を始めた。
彼女には、アリアがただ「なんとなく調子が良さそう」に見えているだけだ。
しかしアリアは、自身の内側を巡り始めた確かな熱を感じて震えた。
まだささやかだけれど決定的な変化。
自身の内側で、長く凍りついていた泉が溶け出し、生命のリズムが脈打ち始めた感覚。
(これが、聖女に発現するという月の巡り……? 動き出したんだわ)
アリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
(良かった……私はもう、できそこないではないのね)
今後、この月の巡りが正しく続くのであれば、一人前の聖女として、胸を張って彼の妻として生きていける。カイルを失望させる未来は回避できたのだ。
鏡の前に座り、紅潮した己の頬に触れたその時——世界が色を変えた。
シャララ……と鈴を鳴らすような音と共に、アリアの周囲に無数の光の粒子が舞い降りたのだ。
それは、城に棲まう精霊や妖精たちだった。彼らはアリアの身体から立ち上る、これまで以上に清らかで力強いエネルギーに惹きつけられ、歓喜の舞を踊り始めた。
『おめでとう、アリア! 器がついに満ちたんだね!』
『カイルの魔力が、きみに命の火を灯したんだ』
精霊たちのさざめきは、祝福の歌のように部屋に響き渡る。
「……教えて。私は何者なの? 私の力は、王都の人たちが言うようなできそこないの無色の聖女ではないの?」
アリアが問いかけると、一際まばゆい光を放つ小さな精霊が、彼女の指先にふわりとキスをした。
『きみは、ただの聖女じゃない。調和の器を持った、唯一無二の聖女なんだよ』
『できそこないだなんて、とんでもない! きみこそが、世界で一番なんだから』
精霊の言葉に、アリアは初めて自分の存在を許された気がした。
止まっていた時が動き出し、無色だった世界が、鮮やかな色彩を帯びて輝き始めた瞬間だった。




