12話 慈悲の仮面、野心の毒
アルフレッド王子は、アリアの持つ魔力を呑み込むような力の異質さを目の当たりにし、カイルが完全に安定する前に彼女を奪い返すことを決意した。
(想定外だったが視察を決行したのはある意味僥倖だった。しかし王国にとってこのままでは危機に繋がることにはかわりない…さてどうするか…)
彼にとって、リーゼンバーグ家の姉妹を政治の道具として振り回している自覚は十分にある。
しかし、それこそが王族の責務であり、自らの王位継承に向けた盤石な基盤を作るための必要な犠牲に過ぎないのだ。
翌日、アルフレッドはカイルに対し、極めて懃懃な態度で提案を持ちかけた。
「ローゼンベルク辺境伯の快復は、王家にとってもこの上ない喜びだ。しかし、一時の安定だけで、そなたの莫大な魔力が真に制御下に置かれたと断じるのは、国家の安全を預かる身としては早計と言わざるを得ない、そうは思わないか?」
カイルは、巨躯を揺らし、腕組みをしたまま鋭い視線で王子を射抜いた。
「何が言いたい、アルフレッド殿下」
(回りくどい言い方を)
カイルは悟られないよう心の中で悪態をついた。
「そなたの魔力は、歴史を遡れば分かる通り、世界さえも震撼させる強大な力だ。……ゆえに代々の王家が、そなたの血筋をいかに気遣い、優遇してきたか。昨晩の状況を見る限り、もし辺境伯夫人となったアリア殿が真の聖女の力を持っているのであれば――そなたのためにも、その力を正確に解析し、王都の正式な結界魔術師団の下で、安全な魔力の循環プロセスを確立すべきだ」
アルフレッドの声には、知らず知らずのうちに「管理してやる」という王族特有の傲慢さが混じる。ローゼンベルクの血筋は、その強すぎる力ゆえに、王家から幾重もの呪いにも似た枷を嵌められてきた歴史がある。アルフレッドはその因縁を、国家の安寧と優という皮膜で包み隠した。
「夫人の力は、かつての判定では微弱な反応に留まった。だが、当時の判定器が限界を超えていた可能性もある。王都にある最新の判定器を用いれば、彼女の誠の真価を証明でき、その汚名を完全に雪ぐこともできるだろう。彼女をこれ以上、王国での不当な扱いに甘んじさせるのは、王家としても忍びない」
一見、夫人の名誉を慮り、カイルの身を案じる慈悲に見える提案。
だがカイルは、その言葉の裏に透けて見える、彼女を便利な道具として回収し、再び自分を王家の支配下に置こうとする強欲さを感じ取っていた。
(どの口が言うか!!)
「不要だ。妻は私の傍にいることが最も安全であり、何より妻自身がそれを望んでいる。殿下の懸念は、王家の干渉を正当化するための口実に過ぎん。我らローゼンベルクは、もう二度と、飼い慣らされるつもりはない」
カイルは即座に拒絶した。その言葉には以前のような病的な焦燥はなく、静かなる確固たる自信が宿っていた。
アルフレッドは、カイルの揺るぎない態度に僅かに眉を潜めたが、これ以上の強弁は無用な衝突を招くと判断した。
「……ふむ。再考を期待しているよ。我々はただ、これからもいい関係を保ちたい、それだけだ。くれぐれも誤解のないように」
懃懃に一礼し、アルフレッドは一旦身を引いた。だがその瞳の奥には、なおも諦めきれない執着が燻っていた。




