11話 予期せぬ過剰な魔力の奔流と底なしの深淵
夕食会が開かれ、カイルは以前とは比べ物にならないほど穏やかな態度で客人をもてなした。その安定感は、アルフレッドの警戒心を一層強めた。
(あの魔力の暴君が、なぜ急にこれほど落ち着いている?アリアに一体何があるのだ?魔力なしだからか?)
とはいえ、アリアが魔力なしというのは、あくまで王都での判定結果に基づいた推測に過ぎない。実際には魔力判定は微弱ではあるが反応していたのだが、聖女判定で光が出なかった時点で、誰もその後の結果に注目していなかったからだ。
アルフレッドは、執拗にアリアを監視していた。
アリアは会話には控えめに参加しているが、その視線は時折、誰もいない柱の陰や庭の植え込みに向けられている。
アルフレッドの目には、彼女が虚空に向かって何者かと密やかに会話しているようにすらも見え、不気味ささえ感じさせた。
(今にして思えば、婚約期間中も私はこの女に一度も興味を持たなかった。……これほど底の知れない女だったか?)
食事が終わり、アルフレッドがカイルに領地の状況について尋ねるべく、彼に歩み寄ったその時だった。
カイルが政治の話に集中し、魔力の制御が僅かに緩んだ。その瞬間、彼の身体から無意識に放出されていた過剰な魔力の奔流が、一瞬だけ鋭く渦巻いたのだ。
どす黒い魔力の波が、カイルとアルフレッドの間を横切ろうとしていたアリアへと襲いかかる。
「危ない、下がれ!」
アルフレッドは思わず叫び、手を伸ばした。
彼は、カイルの毒に等しい魔力がアリアを直撃し、彼女が無残に吹き飛ばされる光景を予想した。
なぜなら一般的に魔力のある人間でも体調が悪くなったりそれなりのダメージを受けるのが常だからだ。
だからカイルの周りにはある程度強い魔力か、魔力耐性の強い者しかいれないはずなのだ。
しかし、アルフレッドが目にしたのは、理解を超えた衝撃の光景だった。
カイルから溢れ出した魔力の霧は、アリアの身体に触れる直前、まるで底なしの深淵に吸い込まれるように、音もなく、光もなく、一瞬で消失したのだ。
その場所には、ただアリアが小柄な体躯を揺らすこともなく、静かに立っているだけだった。
「な……っ!?」
アルフレッドは全身の血の気が引くのを感じた。
彼は知っている。カイルの魔力は、触れるものを焼き尽くし、意識や生命力に深刻な影響を及ぼす劇薬と聞いている。それを、何の力もないはずの彼女が、一瞬で無に帰した。
(これは!魔力がないのではない……。もしや彼女は、あらゆる魔力を無効化し、呑み込む存在。カイルの闇をすべて受け止めてしまう、伝説の真の聖女……!?)
アルフレッドは戦慄した。
もしカイルがこの女を完全に手中に収めれば、彼の魔力は完璧に制御され、王家にとって最も危険な安定した最強の辺境伯が誕生する。それは王権を脅かす、絶対的な脅威となる。
アルフレッドは、すぐさま隣のリリアの袖を強く引いた。
「リリア! 夫人を一人にするな。彼女は今、カイルの魔力の影響下にあるかもしれない。このままでは、かつての犠牲者たちと同じ末路を辿るぞ!」
(リリアには私の本心を悟られてはならない。リリアを使ってなんとしてもアリアを辺境伯から引き離さなければ!!)
リリアも傍にいてアリアに起こった一部始終を目撃し、あまりの衝撃にまだ理解が追いついていなかった。
「……はい、アルフレッド様。お姉様をお助けしなければ……」
リリアは、姉をカイルから引き離さねばならないと強く決意した。彼女の聖女としての勘が、この状況はあまりに異常だと警告していた。
一方のアリアには、精霊たちのさざめきがはっきりと届いていた。
『アルフレッド王子は恐れているよ』
『あなたの聖女の力が、彼の野望を阻むことを』
アリアは、自分がもう二度と王都に戻ることはできないし、ないと悟った。
彼女の居場所は、魔力過多に苦しむカイルの傍――この最果ての地なのだ。そして、彼女の内に秘めた無色の聖女の力が、カイルの闇と共鳴し、制御の要となることで、真実の救いが開花しようとしていた




